店員に「ご自宅用ですか?」と聞かれた時の返し

 買い物が苦手だ。金額の程度はさておき、悩んで選んで、必ず結論を出さないといけない。面倒で憂鬱だ。


 店員との会話という難題も待っている。脅威となるのは、しつこく接客してくる店員ばかりではない。それも厄介極まりない大問題ではあるのだが、レジの店員と交わす二言、三言の会話にだって罠は潜んでいる。


 ホームセンターや雑貨屋さんなどで買い物をすると「ご自宅用ですか?」とレジの店員から聞かれることがある。


 はじめ、僕はなんで店員がそんなことをわざわざ尋ねてくるのかわからなかった。僕の買った商品なのだ。どこでどんな風に使おうが僕の勝手ではないか。なぜ赤の他人であるあなたに教えなきゃならないのだ。


 しかし、店員は別に僕のプライベートを詮索したいわけではない。いや、もし実は個人的に知りたいのだとしてもこんなところで堂々と聞いたりしない。そこはプロとして心に秘めておくだろう。


 ここで店員から問われているのは「あなたが自分で使うものか、それとも誰かに贈るものなのか」ということなのだ。誰かに贈るものならプレゼント用にラッピングしますよ、という意図の質問なのだ。


 それをきちんと意識しながらレジに並んでいたのなら、何も迷うことはない。妥当な方を答えればいい。ところがレジが混んでいてぼんやりと列に並んでいる時などは、他のことを考えていたりするものだ。サイの角って本当に体毛が進化したものなのかなぁ、とか。どうでもいいことを考えているものだ。そういう時に突然「ご自宅用ですか?」と聞かれると途端に混乱してしまう。


 例えば、使うのは自分だけれど、常に持って歩いたり職場に置いておいたりする物を買おうとしていた場合、「ご自宅用ですか?」と聞かれると「自宅では使わない」という考えがまず浮かぶ。かといって「職場用です」と答えるのもおかしい。店員はプレゼント用かそうじゃないのかを知りたいだけだからだ。些細なプライベートの暴露は求めていない。この場合は自宅で使わなくても「自宅用です」が正解だ。


 逆のケースもある。同じ家に住んでいる家族にプレゼントをしようと思っている場合だ。この時は「ご自宅用ですか?」と聞かれると「自宅に住んでる人間が使うのだから自宅用だ」という考えがまず浮かぶ。しかし、ここで「自宅用です」と答えてしまうと、プレゼント用のラッピングはしてもらえない。


 正確に答えるならば「自宅用だしプレゼント用」なのだが、そんな返答では店員を困らせてしまう。家族にプレゼントするという前提を知らない店員には、とんちめいた謎の答えになる。がんばった自分にご褒美、みたいニュアンスで自分が使うものをわざわざラッピングしてほしいのかな? そんな風に思われてしまうかもしれない。それは嫌だ。この場合は、使うのは自宅だけれども返答としては「自宅用ではない」と答えるべきだ。


 さらに「他人にあげるものだけれど別にラッピングはしなくていい」というケースもある。わざわざ仰々しくラッピングするほどでもない、あるいは、そこまですると気恥ずかしいような関係の人に何かプレゼントする場合だ。この場合は、正確にはプレゼント用であり自宅でも自分でも使わないにもかかわらず「自宅用です」と答えないといけない。


 ややこしい。


 こんなややこしい問題を苦も無く瞬時に判断できる人間なんて、この世にいるのだろうか。少なくとも僕は一瞬考えこんでしまい、だいたい変な沈黙を生む。


 こんなことが起きる原因は、そもそもプレゼント用のラッピングが必要かどうかを確かめる質問であるはずなのに、肝心の質問文が「プレゼントに言及していない」ところにあると思う。はじめから「プレゼント用にラッピングしましょうか?」と聞かれたのであればこんな問題は起きない。なのに「ご自宅用ですか?」と遠回しな聞き方をするから混乱を招くのだ。


 しかし、世の中「ご自宅用ですか?」と尋ねるのがスタンダードで、接客のテンプレなのだから従うしかない。常識には屈するしかないのだ。


 とはいえ、そこまで臆することはない。レジに並んでいるあいだは余計なことを考えず、どう答えれば店員を困らせずに自分の目的としている結果が得られるのか方針を固めておけばいいのだ。サイの角のことは買い物が済んでから好きなだけ考えればいい。今はいったん忘れよう。


 これは家族にプレゼントする用。同じ家で一緒に住んでいる家族だけれど、プレゼント用と答えるのだ。自宅で使うけれどプレゼント用、プレゼント用だ……。


 そう頭の中で唱えながらレジに挑む。


「いらっしゃいませー。一点で、二千七百八十円です」


 プレゼント用、プレゼント用……。


 そう頭の中で唱えながら支払いを済ませる。


「三千円、お預かりいたします。二百二十円のお返しです。ありがとうございましたー!」


 プレゼント用……。


「お待ちのお客様どうぞー!」


 ……。


 聞かれなかった!


 聞かれないパターンもあるんかい!


 じゃあ、もうどうしようもないわい!


 聡明な人は言うかもしれない。自分から「プレゼント用に包んでもらえますか?」とひとこと言えばいいだけではないのですかと。


 でも、考えてみてほしい。店員は僕がレジに持ってきた商品を見て「これはプレゼントするようなものじゃないだろう」と判断したのだ。だから聞かなかったのだ。


 そんな状況の中で「あの、これ、プレゼント用なんです……」などと言えるものか。プレゼントするようなものじゃないものをプレゼントしようとしているなんて言えるものですか。


 そして「そんなしょうもないものをプレゼントしても喜んでもらえないのではないか」という不安が新たに生まれる。もう間違いなく買ってしまったというのに。さんざん悩んで選んで決めたというのに。買ったあとまで苦悩は続くのだ。だから買い物は苦手だ。


 まあ、ラッピングなんてしなくたって、取るに足らないものだって、理屈のわからない変なものだって、きっと大丈夫。喜んでもらえるさ。だって本当のプレゼントは、贈る品物そのものじゃなくて、ものを贈りたいというあなたの真心の方なのだから。


 と、誰もが思っていたならいいのに。




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