小石で転ぶ心得を
関根パン
エロゲーの棚を見ている時に高校の友達に会った
そんなにエロゲーをやったことがない。
まったくやったことがないと言えば嘘になる。が、履歴書の趣味の欄に堂々と書けるほどはやってない。まあ、めちゃくちゃやってたとしても履歴書の趣味の欄に堂々とは書くまい。
大学を卒業して、アルバイトを3日で辞めたり半日で辞めたりしていた頃、近所のDVDショップによく行っていた。DVDショップと言っているが、店舗の半分くらいのスペースは暖簾をくぐらないと入れない。この暖簾の先に子供が行くことはできないが、かといって昼間から暖簾の先に入り浸っている人間が、まともな大人と名乗れるかは怪しい。
ある日。その店でエロゲーの棚を眺めていた。へえ、箱はこれくらいの大きさで、こんな感じにジャンルわけされてて、新品はこのくらいのお値段で、中古でも結構するのね、などと棚を物色している時だった。
後ろから、僕の名を呼ぶ男の声がした。
正確には僕の高校の時のあだ名を呼ぶ声だった。つまり、声をかけた相手は間違いなく高校の同級生。声の感じから誰なのかも察しがついた。この頃は連絡をとっていなかったが、高校時代には一番といってもいいくらい仲の良かった友達だった。家も近所だから、偶然出くわししてもおかしくない。
なんて言い訳しよう、と僕はまず思った。
「おう、久しぶり!」
などと、にこやかに挨拶できるはずもない。こちとら、平日の昼間からエロゲーの棚をまじまじと眺めている状況なのだ。
仲の良い友達だから見栄を張る必要もないけれど、仲の良い友達だからこそ知られたくないこともある。何かもっともらしい理由を言わないと。
「いやー、道に迷って、気づいたらここに」
変だ。何せ近所の店だ。まず道に迷うのがおかしい。百歩譲って店の人に道を尋ねに来たのだとしても、暖簾をくぐった動機はなんだ。これはだめだ。
「いやー、珍しいクワガタがここに入っていってさ」
なぜだ。なぜ住宅地に珍しいクワガタがいる。近所の家から逃げたとでもいうのか。奇跡的に店内からクワガタが現れでもしない限り、この言い訳は成立しない。逆に言うと、クワガタが見つかるまでここにいないといけないという地獄が待っている。これもだめだ。
「おいおい、まいったな。今日で3回目だぜ、そいつと間違われるのは。俺とそいつはそんなに似てるのかい。一度会ってみたいもんだ。はは」
無茶だ。こんな無理のある設定を押し通す度胸と演技力がない。あと、なんだこのハリウッド映画の吹き替えみたいなキャラづけは。これもだめだ。
「え……。きみには……僕の姿が見えるの?」
さすがにここまでファンタジーなことを言えば、この場は乗り切れるかもしれない。たぶん僕がエロゲーの棚を見ていた事実なんて、もうそんなに印象に残らないだろう。が、そのかわり、彼の頭には僕に対して別の心配が生まれてしまう。それでは困る。
もう、ダッシュで逃げちゃおうか。悪いやつじゃないから、嫌な感じで誰かに話したりはしないだろう。こんなタイミングでなければ、再会を喜んで今からカラオケでも行きたいくらいのやつなのだ。まったく、なんでよりによってこんな場所で……。と、そこまで考えて、あることに気づいた。
そうだ。こいつも僕と同じ状況だ。
平日の昼間にエロゲーの棚を見ていたら、同級生にばったり出くわしてしまう。僕とまったく同じピンチに、彼も陥っているのだ。つまり、僕は何も恥じる必要はない。もとい、恥じる必要はあるかもしれないけれど、恥ずかしさはとんとん。
そういえば彼も、高校を卒業した後に3浪くらいして、今どうしているか定かじゃなかった。きっと僕と同じように、ろくに働きもせず地元の実家で気まずい日々を過ごしているのだろう。
無理して僕に声なんてかけなくていいのに、彼はわざわざそうした。ひょっとしたら、同じような境遇の仲間を見つけて嬉しかったんじゃないのか。
ああ。怖れることなんてなかった。持つべきものはやはり友。こんなところでの再会はお互いしたくなったけれど、これを機に旧交を深めようじゃないか。僕はにわかに気が楽になって、彼の方へ振り向いた。
店のエプロンを着た彼がいた。
「何してんの?」
高校の頃と変わらず、フランクにそう言ってくれた。僕とは違い、きちんと大人として就労中の身だというのに。
僕が何をしているのかと言えば、振り向いてしまったこと、今日ここへ来ることにしたこと、そんな日々を選んでしまったことへの後悔しかないのだった。
カラオケには、一人で行った。
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