彼がニートになって一年に一回しか会えなくなったお話
しゃみせん
彼がニートになって一年に一回しか会えなくなったお話
私はオコなのです。
なんでかって?
それは、彼がまったく働かなくなってしまったからです。
一緒に暮らすまでの彼は、私に沢山気を使ってくれて、優しくて、イケメンで、他の誰よりも明るく輝いて見えた自慢の彼だったのです。
なのに、ここ最近の彼ときたら……!
そ、そりゃすこーしだけ私にも悪いところはあると思いますよ?
彼の方がお料理上手なので、ついついご飯は彼に作って貰ってました。
彼はお庭の手入れなんかも得意だったので、草むしりとか全部お願いしてました。
あ、ちなみに彼の実家は牧場をしてます。
そこの牛さんたちは、品評会で金賞を頂く程の最高級黒毛和牛さんたちなのです!
脂がとろけておいしーの……!
おっと、脱線。
そして、そんな彼に甘えて私はどんどんとその身を大きくしていきました。彼は育て上手なのですね。
いつしか服のサイズがMからLに、LからLLに。そしてついにLLも入らなくなりました。だって仕方ないじゃないですか。牛さん美味しいんだもん。
でもでも、私は服飾の仕事をしてるので、彼の服も私の服も、入らなくなるたび新しい服を作りましたよ! えらいでしょ?
いつしか彼は牛さんを育てることをしなくなりました。育てずに食べてばかり。草むしりもしてくれません。お料理だけはしてくれましたが……
そして、彼の実家から牛さんの姿は少なくなり、それと同時に彼のご両親も細く萎びていきました……。
だからと言って私が変わる必要はないのです。だって私は変わらず仕事してるし。
最近ちょっと注文減ってきたけど……。
そう、私は何も変わってないので、彼が怠けているのです。怠けて牛さんを育てなくなってしまったから、あんな事がおきたのです。
あれは去年の夏のお話。
彼が働かなくなり、私がその身を肥えさせていた頃。
彼のお父様からお呼び出しがありました。
なんだろう? 結納のお話かな? うちはお金がないから、結納返しはなしでいいかな?
あ、でも、結納品プラス現金は必須ですよ? 今の時代、50インチ以下のテレビはNGだからね?
そんな事を考えて彼の牧場へ。
あー……。牛さん、随分少なくなったなぁ。そんなに食べたのかな?
いや、これはもしかしたら計算された間引きかも知れない! だから私達は間引く為に協力をしていたにすぎない! そうに違いないのです!
納得がいったので彼のおうちへ入る。古めかしい建物は、今にも崩れ落ちそうでした。
おうちへ入ってすぐ、一番奥に彼のお父様が仁王の様な顔をして立っていました。
もうその顔を見てびっくり。オコですよ。いや、激オコですね。
彼のお父様は激オコぷんぷん丸の形相でこちらを見ていました。きっと彼が何か悪い事したに違いない! 私にはその立会人になって欲しいだけに違いない!
自分にそう言い聞かせそっと入ります。
私と彼は、黙って正座をさせられて彼父と向かい合います。そして彼父は言いました。
お前ら、大概にせぇよ? あ?
人んちの牛、なんだと思っとるんじゃ?
牛さんなぁ、朝から晩まで手塩にかけて育てとるんじゃ。お前らよりよーっぽど可愛いんじゃぞ?
牛さんの代わり、お前らにしてもらおうかのう?
あ? わかっとんのか、ゴルァァァァァ!
最初は口調が優しかったけど、最後に彼父の本性を見た気がしました。ちょっと漏らしたのは内緒です。
普段は優しい彼父でしたが、こうなるともう聞きません。
私の話も彼の話も聞かず、結果、私達は二度と会う事ができなくなってしまいました。
そうする事で私達が仕事に精を出し、前の様に戻るだろうということでした。
だけど、そうはなりません。
私は、お肉……彼に会えなくなる事が悲しくて仕方ありません。もう仕事なんて手につかないくらいに。
私は泣いて泣いて、泣いて気付きました。お肉がなければお菓子を食べればいいじゃない。
それからというもの、私は毎日泣きながらお菓子を食べ続けました。
だけれども、全てにおいて必ず終わりは来るものです。
……そう、お菓子に飽きたのです。
お菓子に飽きた私はお肉を求めました。
彼の実家で育てている、国産黒毛和牛A5ランクのお肉を求めました。
時を同じくして、彼も私を求めていました。
どうやら彼は純粋に私の事が好きなようです。ちょろいです。
私達は彼父に懇願しました。
『ちゃんと働きます』
『もう怠けません』
『牛も食べ過ぎません』
私達の懇願は、少しだけ彼父に受け入れてもらえました。
つまり、その言葉が本当ならば、一年間頑張って仕事に精を出せ。そうすれば会わせてやるというものでした。
彼父の言葉を信じ、今度こそ私達は頑張りました。
来る日も来る日も服を作り続け、寝る間も食事も忘れて服を作り続けました。
すると、なんという事でしょう。
アヒルの様に丸かった身体が、元のほっそりとしてきた身体になってきたではないですか!
肉に埋もれていた鎖骨は浮かび上がり、境目のなかった顎のラインがまるでカミソリの様にシャープになりました。
彼も私と同じく、仕事に精をだし続けていました。朝から晩まで牛を追い回し、まるで牧羊犬の様です。犬みたいなのに馬車馬のように働かされてました。
二人のがんばりが認められて、晴れて私達は会う事が許されました!
今日というこの日に、彼は牛を連れて会いに来ました。
「ただいま、織姫」
「待っていました、彦星」
私達は、今度こそ喜びで涙を流しました。
その涙はやがて数々の輝きを生み、夜空を満天の星で彩りました。
めでたしめでたし♪
彼がニートになって一年に一回しか会えなくなったお話 しゃみせん @shamisen90
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