8 疑惑の影
風が強くなってきた。
夏とはいえ、森の中の風は冷たい。
弥生の身体が冷えるのは風のせいかそれとも……。
「私の思い過ごしかもしれない。今はまだ誰にも言わないで」
「わかってる。まずは悠牙を探すのが先決だな」
だけど何処を探すべきなのか。
もし捕らわれているのなら、やみくもに探して見つかるわけがない。
里の仲間を疑ってる以上、変な動きはできないだろう。
何か確証があれば別だが。
「私は少し里を探ってみる」
「……無茶すんなよ。もしバレたらお前も危ない」
「……わかった」
弥生と暁斗は里に戻る。
任務の完了を報告するため、長老の舘に向かった。
里で一番大きいその舘はいつもより物々しく見える。
弥生たちにとって長老は尊敬すべき人物だが、畏怖の対象でもある。
そんな長老の待つ部屋に弥生と暁斗は訪れた。
「人狼族の件は進展したか?」
「いえ……正直、手詰まりです」
長老の方から話を振られ、少し驚いたが弥生は顔に出さずに答える。
手詰まりなのは本当だ。
探せるところは探した。
「これだけ探しても見つからないということは、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思います」
「そうだな。その可能性は高いだろう」
長老の顔は変わらない。
何を考えているの弥生には読むことができない。
余計なことを言えば、即座に疑っていることがバレてしまうだろう。
全てを見透かしたような鋭い目。
嘘をついてもすぐバレてしまいそうで、子どもの時から怖かった。
「……長老はどう思いますか?今回のこと」
「さぁな、わしにはわからん。族長がいないとなると、人狼族の連中も大変だろう。協力してやりなさい」
長老の舘を後にした弥生はチラリとその大きな舘を振り返りため息をついた。
長老はこの里を統べる長、若い頃は退治屋としても格段の実力を誇っていたらしい。
そんな長老と対峙したところで、弥生に何かわかるはずもなかった。
もし何かあったとしても、弥生に悟らせるわけがない。
暁斗と共に畦道を歩く。
どこかで蛙のなく声がする。
強い陽射しと緩やかに揺れる木々が美しい影を作っている。
のどかな風景と今起こっている現実とのギャップに目眩がしそうだ。
あんなに憎んでいた、大切な姉を奪った悠牙。
複雑な思いを抱えていたはずだった。
だけど、今はただ心配なだけだった。
「どう思う?」
「わかんないよ」
疑っているせいか、長老の言葉は怪しく見える。
しかし、長老の真意が読めない以上迂闊なことはできないだろう。
弥生自身どうして良いのかわからない。
身内を疑うようなこと考えたくないのだ。
暁斗と別れ、家に戻る。
そこには皐月が待っていた。
「おかえり、姉さん」
「ただいま、皐月」
皐月は心配だと言いたげな表情を向けている。
大切な人を失う辛さを誰よりも知っている皐月だ。
葉月を失った後の弥生を知っているからこそ、心配しているのだろう。
大丈夫だと言うように弥生は少し微笑んでみせた。
「姉さん。俺考えてたんだけどさ。何か変じゃない?」
「何がよ?」
「だってさ、襲われたりしたらその痕が残るだろ?攫われたとしても悠牙さんなら何か手がかりを残していくと思うんだ」
皐月はジッと真剣な表情で弥生を見ている。
いつの間にか大人びた顔をするようになった。
それはきっと悠牙の影響もあるのかもしれない。
「それがないってことは、悠牙さんの意思もあるんじゃないかって」
「つまり悠牙が自分から消えたってこと?」
弥生には思い至らなかった考えだ。
今の悠牙が自分の意志で、弥生たちの前からいなくなるなんて考えもしなかった。
「自分の意志だったら人狼族の里には伝えてるはず。だからあの日のことは予定外なんだと思う。だとしても、行き先もしくは相手を俺たちに悟られたくなかったんじゃないかな」
悠牙が弥生たちに悟られたくない相手とは誰なのか。
人狼族と退治屋の因縁をなくそうとしていた悠牙。
その因縁のきっかけになった事件に悠牙も弥生たちも関わっている。
むしろ当事者だ。
そんな弥生たちに知られたくない相手。
それは――。
「皐月!それ誰かに言ったの?」
「さすがにこんな話、姉さんにしかできないよ」
皐月は首を横に振って言った。
むやみやたらにしてもいい話ではないことは皐月だってわかっている。
確かに悠牙ならありえる話だ。
もし悠牙を襲ったのが退治屋の者なら、人狼族も黙ってはいない。
せっかく友好的になったふたつの里は、また引き裂かれてしまうだろう。
悠牙ならそれを避けようとするかもしれない。
疑惑がさらに深まる。
皐月まで同じ考えだとは。
いつの間にか凛々しくなった弟の姿を見る。
ちょっと前までは未熟で幼かった弟。
真剣な眼差しはあの頃とは全然違う。
この件が落ち着いたら、皐月と話をしよう。
今の皐月ならちゃんと受け止められるだろう。
雨上がりの虹のように 結羽 @yu_uy0315
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