悲劇はまたも

7 謎の失踪。

「悠牙が消えた!?」


 人狼族の若者が弥生と暁斗を訪ねてきた。

皐月に稽古をつけてたあの日から悠牙が里に戻らない。

普段から割とふらりと出かけることはあった。

だけど、族長である以上居場所を明らかにしていたようだ。

それがあの日、里を訪れると言ったまま帰って来なかったらしい。


 始めは里に遅くなったからと泊まったのかと思っていた。

しかし、数日経っても帰ってこない。

周辺を探しても見つからない。

それでやっと弥生たちを訪ねたそうだ。


 悠牙は強い。

そう簡単に誰かに襲われるようなこともないはずだ。

誰にも連絡を取っていないのは自分の意志なのか。

そうでなければ、不測の事態に巻き込まれているのか。


 里の周辺で不穏な話は聞いていない。

近くの村や森へはよく任務に出ているが、悠牙を見かけた人はいない。

悠牙の代になってからは略奪を禁じているため、最近は人狼族とのトラブルは聞かない。

一体何があったのだろうか。


「わかった。とりあえず、俺らも探してみるよ」


 人狼族の若者はそれを聞いて帰っていった。

あちらはあちらで捜索しているらしい。


「弥生、どう思う?」


 ずっと黙って聞いていた弥生に暁斗が尋ねた。

何か嫌な感じ。

ただの事故とも思えないし、何か違和感がある。


「わからない。でも、何かおかしい」


「だな。トラブルに巻き込まれたとしても、あいつが何も残さずに消えるとも思えない」


 今のところ手がかりがない。

弥生と暁斗の方でも悠牙を探してみる、何かわかれば連絡すると約束して人狼族の若者を帰すことにした。


「とりあえず、里の人たちにも変わったことがなかったか聞いてみようか」


「そうだな」


 戻ってきた小春と皐月も事情を聞いて驚いていた。

二人から見てもあの日の悠牙はいつも通りだったらしい。

だとしたら、あの日の里の帰りに何かあったのかもしれない。

しかし、何の情報もないままの日々が続いた。

焦燥だけが募る。


「でももし、事故や魔物に襲われたりして怪我してたら」


「何処かで動けなくなってるかもしれない」


 小春と皐月が言うようなことになっていたら、一週間を超えた今、さすが厳しい状況だろう。


「それはないだろう。帰り道にそんな危険な場所ないし」


 暁斗の言う通りではあるが、万が一ということもある。

何の手がかりもないうちは全ての可能性を考えなくてはならない。


 それでも退治屋の仕事は待ってくれない。

今日も弥生は魔物退治に出ていた。


「任務は終わりだけど、どうする?もう少し奥に入ってみるか?」


 森の奥で依頼された魔物を倒したふたり。

木々が生い茂るその先は魔物たちの領域だ。

普段は立ち入ることはない。

弥生は少し考える。


「もし、悠牙がこの先にいたとしたら。魔物がもっと騒ぐと思わない?」


「あぁ、確かにな」


 静かな森の奥。

薄暗く霞むその奥は魔物たちの領域。

弥生たちも普段立ち入ることはない。

魔物たちも侵入者を許すことはないだろう。

悠牙もそんなことは理解している。

つまりわざわざ魔物たちの領域に入ることはないだろう。

それにここだけでなく、他の地域でも騒ぎが起きてる話は聞かない。


「静か過ぎるぐらいだな。もし、あいつがいるんなら騒ぎのひとつやふたつぐらい起こしてるよな」


 そう、だからこそ不自然なのだ。

不自然なまでに変わらない。

ただ悠牙が消えただけ。


「弥生?なに考えてる?」


 先程から黙り込んでいる弥生。

周りを見回し人の気配のないことを確認する。

気になっていることがあった。

出来れば疑いたくない疑惑。


「……うん。仮に事故じゃないと仮定してさ、タイミングが良すぎるのよ」


 そう、もし事故であるならば。

悠牙が里から帰る道を辿れば、すぐに見つかるはずだ。

口にはしていないが暁斗も気づいているだろう。


 事故ではない。

つまり誰かに襲われたのだとしたら、どうして悠牙が里を出たタイミングがわかったのか。

待ち伏せするなら悠牙がこちらに向かう時の方が手っ取り早いだろう。

里の警備は厳しい。

何者も無断で入り込むのは難しいだろう。

だとしたらいつ出てくるのかを待っているより、里に入る前に襲った方が時間のロスがない。


「まぁ、たまたまかもしれないし何か別の理由があったのかもしれない。確証はないけれど、何か違和感があるのよ」


「……なるほどな。それで?」


 静かな森の中、風の流れる音だけが聞こえる。

暁斗が続きを促した。


「悠牙が里を出るタイミングを内通する者がいたとしたら辻褄は合う」


 弥生があたりに人の気配のないことを確認した理由がこれだ。

つまり悠牙を襲った者、もしくはその仲間が里の中にいるかもしれない。

でもそれは、弥生たち自身の仲間を疑うことになる。

だから誰にも聞かれたくなかった。


「違う……と思いたいけどね」


「でも……どうして?」


 弥生は黙って首を振った。

人狼族との関係は良好だった。

それこそ族長である悠牙が出入りしても咎められないぐらいには。

今更それを崩すメリットなど何処にあるのか。

それは弥生にもわからない。

しかし、族長の悠牙の失踪に里の誰かが関わっていたとしたら。

歯止めの効かない人狼族と争いになることは避けられないだろう。

6年前のような悲劇がまた起きるかもしれない。

それだけは避けなければ。

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