ただひたすら前へ

6 全部、忘れない。

 その頃、報告を終えた弥生を待っていたのは小春だった。

小春は上目遣いで弥生を見つめた。

何か話したいことがある時の小春の癖だ。

こういうところは昔から変わらない。

皐月と同い年ながらあどけない顔つきは幾分か幼く見える。

しかし、その中身は見た目に反して大人びた少女だ。


「弥生さん。おかえりなさい」


「ただいま。ちょっと歩こうか」


 弥生が歩き出すと小春は少し後ろを黙ってついてきた。

言いたいことはあるのだろうが、言いよどんでいる感じだ。


「皐月は?」


「あ……多分、道場だと思う。さっき悠牙さん来てたから」


 畦道をふたりで歩く。

夏の陽射しは強く、それだけで汗ばんでくる。

ただ黙って歩いていると気まずい空気が漂う。

なんとなく小春の言いたいことは予想がついている。

弥生から話を切り出すことにした。


「小春。心配かけてごめんね」


 悠牙も暁斗も弥生を気遣っている。

皐月も弥生のせいで必死で大人になろうとしている。

人一倍敏感な小春はその状況に気づいているだろう。


「何が……あったの?どうして私や皐月には何も教えてくれないの?」


 小春が立ち止まった気配がして、振り返った。

額から流れた汗がポタリと落ちる。

小春と皐月にはまだ話していない真実。

あの夜、悠牙が葉月を死なせたこと。

そして、蓋をしていた自分の弱さとその罪を。


「弥生さんはさ。葉月さんが死んだの、自分のせいだって……今も思ってるの?」


 小春が真摯に見つめる瞳から逃れられない。

はぐらかさないで、そう言われているようだ。

小春はいつの間にこんなに強い瞳ができるようになったのだろう。


「……難しいね。何て答えていいか、わからない」


 弥生は困ったように笑う。

どう答えても嘘になりそうで。

小春は「今も」と言った。

弥生が自分を責めていることを。

つまり小春もまた気づいていたのだ。

弥生がずっと目をそらしてきたことに。


「ずっと気づかないふりしてたの。葉月ちゃんが私のせいで死んだって」


 向かい合えない思いからずっと逃げてきた、そのツケが今自分を蝕んでいる。

皆を巻き込んで。


「弥生さんの“せい”じゃなくて、弥生さんの“ため”だよ。みんなそう思ってる」


 小春が静かに言った。

そう、ずっとそんな弥生でも皆はそばにいてくれた。

皆に支えられてきた。

そのことにも気づいた。


「だってそうでしょ?弥生さんだって皐月をかばったじゃない。それは皐月のせいなの?」


 弥生は黙って首を横に振る。

それはただ大事な人を守りたかっただけ。

考えるまでもなく、勝手に身体が動いていた。


「だからこそ、ちゃんと自分の気持ちと向き合わないとって、思って。」


 弥生は薄く笑った。

それは前向きな気持ち。

今でも悪夢にうなされて涙が止まらないこともある。

だけど、辛さからも悲しさからももう逃げない。


「情けないね。小春や皐月の方がずっとしっかりしてる。みんながちゃんと向き合ってきたことから、私はずっと逃げてたんだ」


 葉月との思い出は悲しいことばかりじゃない。

幸せな思い出のほうが多いんだ。

どっちも忘れない。

全部、弥生の思い出だ。


「もう大丈夫。逃げない」


 それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。

苦して逃げたくなる。

でも、逃げない。

声に出して心に留める。


「ちゃんと話すよ、小春と皐月にも」


 ふたりにもちゃんと話さなきゃいけない。

悠牙は言っていた。

弥生のタイミングで話せばいいと。

ふたりにも恨まれる覚悟はもうできていると笑っていた。


「小春。ありがとね」


 弥生は心から笑う。

大丈夫。ひとりじゃない。

こんなにも心配してくれる仲間がいる。

だから大丈夫。



「皐月と小春にも真実を話そうと思う」


 まずは暁斗に告げた。

皐月はともかく、小春は暁斗の妹だ。

先に話しておいた方が良いだろう。

暁斗は少し驚いた顔をしていたけど、わかったとだけ答えた。


「あの二人ならちゃんと受け止められると思うから」


「あぁ、そうだな」


 きっと大丈夫だ。

皐月と小春は強くなった。

驚きはするだろうが、受け止められるだろう。

そして、弥生も強くありたいと思う。

前へ進もう。


 しかし、弥生たちのもとにとある知らせが舞い込んだ――。

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