5 その決意だけは胸に。


 そして、葉月の一周忌を過ぎた頃には弥生も訓練にも復帰するようになっていた。

だけど、昔のような明るい弥生はもういない。

感情を押し殺し、あまり笑わなくなった。


 さらに2年がたち。

弥生は人が変わったように訓練に打ち込んでいた。

そして仕事を始める頃には、葉月のように里1番の実力者と言われる程にもなっていた。


 弥生と暁斗が初めての仕事に出るとき、暁斗が皐月の頭をポンと撫でた。

暁斗にこうされるのは子ども扱いされてるみたいで嫌いだ。

だけど、今日は。

いつものふざけた笑いでなく、真剣な顔をして皐月を見ていたから何も言えなかった。

暁斗はそのまま弥生に視線をうつした。

そして、ポツリと呟く。


「俺も葉月さんに憧れてたよ。葉月さんみたいに大切な人を守れるように強くなりたいと思う」


 不覚にも泣きそうになった。

暁斗の覚悟を見た気がした。

弥生はいまだ過去に囚われている。

過去から目をそらすように訓練に打ち込んでいる。

何とかしてやりたくてもどかしい。


 弥生たちの初仕事は皐月のようなヘマはしなかったらしい。

完璧にやってのけたそうだ。

それから、弥生はさらに鍛錬をつみ完璧に仕事を続けていた。


 それでも弥生は収穫祭の頃になると調子が悪くなる。

ふさぎ込むことも多い。

きっと葉月のことを思い出すのだろう。


 去年の収穫祭の後、いつにも増して体調を悪くしていた弥生。

暁斗も悠牙も様子がおかしくて、何かあったのは明らかだ。

弥生に聞ける状況じゃなかったし、暁斗は困ったように笑うだけだった。


 あの後、訓練に復帰できるようになった弥生が突然言った。


「皐月は強くなったよね。……私も強くならなきゃ」


「な、何? 突然」


 意味がわかってないまま皐月は弥生に稽古に連れていかれる。


「ほら、稽古つき合ってよね。昔みたいに」


 そう言って、弥生は少し笑った。

その瞳は澄んでいて、何か吹っ切れたようだ。

それでもまだ、立ち直った訳じゃない。

皐月だって葉月を想うと心が痛む。


 あの頃の皐月には、ふたりの姉を助ける力なんてなかった。

起きていた悲劇に気づきさえもしなかったし、守られていた子どもだった。


 そんなのはもう嫌だ。

これからは弥生を守っていきたい。

そのために強くなりたい。

いや、強くなる。

それが、皐月の決意――。


 改めて話すと照れくさい。

暁斗がまた皐月の頭をなでた。

嫌な感じはしない。


「俺だって何もできなかったさ。けど、弥生のために一生懸命だったお前見てたら腐ってなんかられねぇなって思ったよ」


 葉月を失って暁斗にも思うところはあったのだろう。

皐月だって暁斗の気持ちには気づいていた。

悠牙はただ黙って聞いていた。


「弥生を立ち直らせたのはやっぱり皐月だよ。今回もさ」


 暁斗は皐月の目をまっすぐ見つめて言う。


「あいつ、言ってたんだよ。葉月さんが自分を呼んでるって」


 その意味を察して皐月は青ざめる。

そこまで弥生は追い詰められていたのだ。


「でも、その手を取らなかったのは……多分お前を置いていけなかったからじゃないか?」


「そう……なのかな?」


 皐月も弥生も肉親を失う辛さを知っている。

身体の一部を失ったような喪失感。


「弥生はまだ不安定だよ。むしろ、皐月の方が強い。強さってのはさ、力だけじゃないから」


「だな!皐月は十分弥生の支えになってるよ」


 ずっと黙っていた悠牙も言った。

起き上がると皐月の頭をポンポンと撫でる。

悠牙はふと真剣な表情になる。


「皐月……ごめんな」


 そう言うと悠牙は振り向かないまま手を降って道場を出ていった。

皐月が悠牙の言葉の本当の意味を知るのはまだ先のことだった。


 強くなる――その決意だけは胸に。

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