ふたりの姉

3 強くなりたい。

 ある夏の日。

皐月と暁斗が手合わせしていた。

弥生と暁斗は仕事中。

小春も不在だ。


 向き合った状態から皐月が動く。

竹刀を大きく振りかぶり、悠牙に向かって振り下ろす。

右に飛んで避けた悠牙が着地する前にさらに打ち込む。

悠牙に打ち返す隙を与えないように。

端まで悠牙を追い込んだ。


「やぁ!」


 トドメのつもりで打ち込んだ一発は空を切る。

ひょいと飛んだ悠牙は皐月の肩に手をつき、くるりと1回転し皐月の背後にまわった。

慌てて振り返るが、目前に竹刀を突きつけられる。


「くそー!やっぱり負けた!」


 皐月はその場に寝転がった。

悠牙は強い。

それはわかっているが、皐月相手では遊ばれているようだ。

明らかに手を抜いているのがわかる。

わかっているが、自分では悠牙の本気を引き出すことはできないのだ。


「いや。でも、皐月は強くなったよ。んで、まだまだ強くなるさ」


 悠牙も皐月の隣に寝転がって言った。


「単純に剣術の腕だけなら、弥生とはいい勝負だと思うけど」


「だって俺、姉さんにちゃんと勝ったこと一回もないよ」


 皐月はむくれる。

姉さんより強くなりたい。

どうしても。


「そりゃ、経験だわな。あいつは華奢で力もない。真正面からやったら皐月相手でも力負けするよ。だから、真正面からやり合わないようにする。弥生と鍔迫り合いなんてしたことないだろ?」


 たしかに弥生と竹刀で試合するときは、皐月がいくら打ち込んでもいなされたり、隙をつかれたりすることが多い。


「相手のペースを乱してスキをつく。逆に何されても自分のペースを乱さなきゃ勝ち目はある」


「そうかなぁ」


 弥生にはいつも敵わない。

もっと強くならなきゃ。

弥生よりも強く。


「何で弥生に勝つことにこだわるんだ?お前はお前なりの強さを身につければいい」


 悠牙に問われ、皐月は起き上がる。

握りしめた両拳を見つめた。


「姉さんに勝ちたい訳じゃないんだ。でも、姉さんより強くなりたいんだ。姉さんを守れる男になりたい」


 皐月は非力だ。

葉月が死んだ時、何も知らずに寝ていた。

あの頃の弥生は見ていられなかった。

何とかしてやりたくてもどかしかった。


「みんな収穫祭の前からしばらく変だった。姉さんも暁斗さんも悠牙さんも。何かあったのは俺だってわかるよ。でも、俺には何も話してくれなかった」


 いつだって弟分。

皐月に言っても頼りにならない、そう言われているようだった。

実際に相談されたとしても皐月に何とかできるとも思えない。

自分でもわかっていた。

だから、もっと強くなりたい。

次に何かあったら姉さんをちゃんと守れるように。


「自分の弱さを認めるってのは難しいもんだ。それが出来てる皐月は十分強いさ。そこらへんは皐月が一番強いと思うぞ?俺や弥生よりもさ」


それに、と悠牙か続ける。

少し躊躇いながら。


「いつか皐月にもちゃんと話さなきゃいけないと思ってる。姉ちゃんの気持ちがもう少し整理つくまで待ってくれないか?」


「ずるい。そんな風に言われたら嫌だなんて言えないじゃないか」


 わしわしと頭を強くなでられた。

結局、子ども扱いされてるような気がする。


「でもさ、葉月さんが亡くなった時に弥生を立ち直らせたのは皐月だよ」


 突然の声の主は暁斗だった。

皐月が振り向くと道場の入口に暁斗が立っていた。


「暁斗さん!一体、いつから……!?」


「うーん。『姉さんより強くなりたい』あたりかな」


 一番聞かれたくないところから聞かれていた。

恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

弥生は任務完了の報告に行き、暁斗はそのまま道場に来たようだ。


「なぁ、その話。俺が聞いてもいい?」


 悠牙さんは皐月を見た。

皐月は暁斗を見るが、話す気はなさそうだ。

しぶしぶ、皐月は口を開く。

あの収穫祭の後の話――。


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