2 最期の桜の色。

 それは、6年前の春。

葉月が亡くなる半年前のことだ。


「弥生! 皐月! 今日は花見するよ。ほら、いい天気! 桜も綺麗」


 朝早くから葉月の大きな声で叩き起こされた弥生と皐月のふたり。

葉月に引きずられるように花見に出かけた。

葉月の言うとおり、外はとても良い天気で暖かい。

桜の綺麗さは言うまでもない。

里の裏手にある山にはたくさんの桜の木がある。

毎年、満開の桜が里の人たちを和ませてくれるのだ。


「こっちこっち! とっておきの場所があるんだ」


 葉月ちゃんは山の中をずんずん歩いて行く。

弥生と皐月は慌てて後を追った。


「葉月ちゃん、待って!」


とっておきも何もすでにまわりは一面の桜。

これ以上のとっておきなんてあるのだろうか。


「葉月姉、どこまで行くの?」


 後ろを着いて来る皐月の息もきれている。

それもそうだ。

彼は弥生たち3人分の握り飯を持たされているのだから。


「もう! 情けないわねぇ。あんたたち。もうちょっとだから頑張って!」


 葉月はさらに進んでいく。

ひらりひらり舞い落ちる桜には目もくれず。


「葉月ちゃん、何か間違ってない?」


 花見とはその名の通り、桜の花を見て楽しむことが目的のはず。

そして、まわりには満開の桜。

桜に目もくれず、突き進む葉月。


「ほら、ここよ!」


ちょうど山の中腹。

山肌からせり出したその場所はとても見晴らしが良かった。


「うわぁ!」


 弥生と皐月は歓声を上げる。

見下ろすと、山の斜面が桜色の絨毯のように見え、その麓には里が見渡せる。


「あたしの大事な物が見える場所なんだ」


 弥生の横に立つ葉月はいつもより大人の顔をしている。

何故かいつもより遠くなった気がして、弥生は葉月の手を握った。


「何? 甘えたさーん」


 いつもの笑顔で葉月が言う。

そして、逆の手で皐月の手を握る。


「じゃあ、皐月もっ!」


「ちょっと! やだよー」


 照れた皐月は振りほどこうとするが、葉月はつないだ手を離さない。


「照れ屋さーん」


 ピンクに染まる里を三人で静かに見下ろした。

そんな葉月の瞳はどこまでも深く澄んでいる。

その奥に強い決意が見える。


「あたしたちがここを守ってくんだよ。あたしと弥生と皐月で」


「うん!」


 いつか、いつか葉月のように強くなりたい。

そして、葉月と一緒に里を守っていくんだ。

弥生は強く思った。


 これが、葉月と見る最期の桜になるなんて思ってもみなかった――。


 久しぶりに来たこの場所から見える景色は今も変わらない、見渡すかぎり一面のピンク。

この場所にはずっと来ていなかった。

葉月のことを思い出してしまうから。


「強い人だったよ。いつだって明るくて」


 自分がこの仕事をするようになってわかる。

きっと辛いことも悔しいこともたくさんあっただろう。

それでも、弥生の前ではいつでも笑っていた。

悩んでる姿なんて見せなかった。


 強い風が弥生の背中を押す。

まるで葉月に背中を押されたようだ。

今の弥生を見て何と言うだろう。


「すごい人だったんだな」


 悠牙の言葉に弥生は黙ったまま頷いた。

声を出せば泣いてしまいそうで。

見渡す景色はいつまでも変わらず、葉月だけがいない。


 だけど、あの日の誓い。

それは今も胸の中にある。

もっと強くなって、この里を守る。


「ねぇ、戻ったら手合わせしてくれない?」


「いいけど、珍しいな」


 思い出の場所を後にする。

その背中は決意に満ちていた。


「今度はそう簡単に負けないから」


「望むところだ」


 山を下っていく。

満開の桜を見上げながら。


「また来年来るね」


 弥生は小さく呟いた。

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