雨上がりの虹のように

結羽

最期の桜

1 6年目の春の風。

 あれから6年目の春。

ポカポカと暖かい春の陽気に誘われて悠牙がやってきた。


「よぅ、弥生。元気か?」


 悠牙は会うたび弥生の体調を気にかけている。

あの秋はいろいろなことがあって体調を崩していたのだが、もう半年近くたつ。

仕事にも復帰しているし、普通に生活している。

いちいち気にかけられるのも、それはそれで気を遣ってしまう。


「もう大丈夫だよ」


「そっか。そりゃあ良かったよ」


 悠牙が朗らかに笑う。

底抜けの明るさには頭が下がる。

少なくとも弥生には悠牙に対し複雑な思いがある。

悠牙だって気づいているだろう。

だけど、それを感じさせないように接してくれている。


 柔らかな風が流れ、桜がひらひらと舞い落ちる。

視界をピンクに染める。

この季節だけの儚い景色。

そうだ、葉月は桜が好きだった。


「なぁ弥生。頼みがある。もしいつか、弥生がいいって思える日が来たら。……葉月さんの墓参りさせてくれないか?」


 いつになく真剣な表情だ。

ずっと考えていたのだろう。

弥生はくるりと踵を返すし、そのまま進む。

そして振り返って言った。


「何してんの?行くよ?」


「えっ!今から?」


 心底驚いて目を白黒させている。

いや……それは心の準備が……とか何とかブツブツ言っている悠牙の戸惑った表情に弥生はクスリと笑った。


「行くの?行かないの?」


「い、行くよ!」


 きっと悠牙は、弥生にも気持ちを整理する時間が必要だと考えたのだろう。

だけど、そう簡単に整理なんてできない気持ちだってあるる。

だったらいっそ、無理に整理なんてせずそのままで向き合えばいい。

葉月と悠牙が対面した時、弥生は何を思うのか。

自分でもわからない。

それでも。

弥生は前に進む。


 というわけで里の裏手に向かう。

里の裏手には里の人たちのお墓がある。

葉月もそこに眠っているのだ。


「そういえば他の連中は?」


「皐月と小春は任務だって言ってたけど」


 暁斗は里のどこかにはいるだろうけど、今日はまだ顔を合わしていない。


「暁斗も誘うか?」


「いや、いいよ。多分来ないと思うから」


 意味深に弥生は言う。

不思議そうな顔の悠牙を見て、弥生は続けた。


「葉月ちゃんのお墓参り。暁斗はいつもひとりで行ってるの」


 今でも弥生たちと一緒に墓参りに行ったことがないのだ。

弥生と皐月は月命日にも行っているが、お墓はいつも綺麗だ。

弥生たちと別のタイミングで訪れている誰か。

それはひとりしかいない。


「そうなのか?」


悠牙は知らない暁斗の想い。

これを伝えるのは悠牙を傷つけるかもしれない。

でも、伝えるべきだろう。


「暁斗にとって葉月ちゃんは憧れの人であるのと同時に、初恋の人なのよ。だから、あいつはあいつでずっとひきずってると思う」


「そ、そうなのか?」


 弥生は黙って頷く。

暁斗の幼い恋心。

それは実るどころか、何も伝えることもできないまま散ってしまった。


「はっきり聞いたことはないのよ。けど、葉月ちゃんに強い憧れを持ってたのは誰が見ても明らかだったし」


 ふと弥生は切なく微笑む。

幼い頃の暁斗の視線はいつも葉月に囚われていた。

それは多分、ずっと暁斗を見ていた弥生だからこそ気づいたことだ。

弥生にとっても伝えることもできなかった初恋。


「初恋か……」


 悠牙は暁斗の初恋を散らせた罪の意識に苛まれ、桜舞う空を見上げる。

その瞳にうつるのは贖罪の色。


「ついたよ」


 悠牙の思考を遮るように弥生が言った。

里の裏手のお墓。

桜の木に囲まれ、今の時期はとても綺麗だ。

だからこそ昔の里の人たちはここに先祖の、仲間たちのお墓を作ったのだろう。


 そしてひとつの小さな墓の前に立つ。

葉月の眠るその場所はいつも綺麗にされていた。


「……ここか」


 悠牙は静かに膝をつき手を合わす。

そのまま静かに目を閉じた。

悠牙が葉月に何を伝えているのか、それは弥生にはわからない。

長く長く祈る悠牙のその横顔をずっと見つめていた。


「ありがとな」


 目を開いた悠牙は弥生にむけて言った。

その顔は泣いているようにも笑っているようにも見える。

そして強い瞳で立ち上がった。


「なぁ、葉月さんってどんな人だったんだ?」


 弥生に葉月のことを聞くのはやはり躊躇いがあるようだ。

それもそのはず弥生の最愛の姉を死なせたのは悠牙自身なのだ。


「こんなこと、弥生に聞くべきじゃないかもしれない。だけど、知りたいんだ。俺が死なせてしまった人がどんな人だったのか」


 葉月の話をするのは正直また心が痛い。

だけど、葉月との思い出をなかったことにはしたくない。


「そうだねぇ。ちょっと付き合ってくれる?」


 弥生は先に立ち歩き出した。

里の裏手のお墓のさらにその先。

その先には一面の桜に囲まれた山がある。

弥生は山道に入り登っていく。

山道と言っても整備されており、歩きやすくなっている。

弥生はどんどん進む。

山の中腹まで。

そして、その場所に辿り着いた。


「ここは思い出の場所なんだ」


 山の中腹にあるその場所から見下ろすとピンクの絨毯のように広がる桜と、里が見下ろせる。


「私も、久しぶりに来た――」


 強い春の風が吹き、舞い上がった桜の花びらが目の前を染める。

そして、弥生を6年前に引き戻していく。

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