アグノディス医師 裁判(前)
アレオパゴス会議で、召喚された医師アグノディスは弁明した。
「私が婦女子を肉欲の対象としたことは一度も無く、また、婦女子が私自身をそのように見たことはありません。私はヒポクラテスの誓いを破ってはおりません」
老若入り混じった医師たちの前でアグノディスは凛として立っている。ピリッポスははらはらと成り行きを見守った。
このままアグノディスが色欲医師として判断されれば、彼はアテナイから追放となるかもしれぬ。
「私がそう神に誓って宣言しても貴方がたには信じてはもらえますまい。仕方がありません。私が婦女子を誑かしたわけでは無いという証拠を今からお見せします」
そう言って、アグノディスは自らの衣に手をかけた。
キトンの右肩からピンを二つ外し、右腕を袖から抜く。左腕も袖から抜くと、彼は上半身を露わにした。
あ、とその様子を見ていたピリッポスや他の数人かは声を漏らした。アグノディスは上半身に布を巻いていたのだ。
女性は乳房の形をよくするために細帯を胸に巻いたりする。しかし、アグノディスの布は太く長く、彼の胸板から腰までをきつく覆っていた。
彼がその布の切れ端をとり、自身の体躯を解放するようにくるくると床に落としていく。
その場にいた者は目を見開いた。
「このように、私は女であります故に」
彼の胸に褐色をした小ぶりの双丘が出現し、周りの者は仰天した。
「私はエジプト女です。私が幼い頃、母も姉も出産で命を落としました。医師に身体を見せるのを恥じたためです。私は医師となるべく、髪を切り、女の身を隠してアレキサンドリアで師ヘロフィロスのもと医学を学びました」
アレオパゴス会議場は、医師アグノディスが女だったという事実にひっくり返った。一番驚いたのは、アグノディスと共に学んだピリッポス自身だった。
「妊産婦、女の病の患者には裾をまくり股を見せ、私が男では無いと知らせておりました」
「女が医術を学ぶ、まして医術を行うことは認められてはおらぬ!」
「なんということだ! 今までつゆ知らず、私たちは女と医術を学び、語っておったのか!」
ピリッポスは動揺と同時に青ざめた。
我が友であるアグノディスには大変な裁きが下されるのではないか。女性患者を誑かす罪よりも更に重い裁きが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます