ヴェルト医師 裁判

 カーヤは人混みの中で固唾を飲んで見守っていた。

 あれから、カーヤが男の人だと見抜いた人は何処かに連れて行かれてしまった。大人たちの話によると、あの人はお医者さんだったらしい。医者の恥さらしだと、村の他のお医者さんがそう言った。

 それから何日か経ち、カーヤは今日、叔母さんと教会に来た。あの男の人を見るために。

 教会に集まっている人たちはほとんどが大人で、みんながあの男の人を見るために来た。みんなはなんだか興奮しているように見えて、まるでお祭りのようだった。

 そして今、あの男の人は教会の人たちの前で何か分からない言葉で話している。村中の人が集まって、汚い言葉をあの男の人にかけていた。


「畜生。ラテン語で話しやがって、あの医者。なんて言ってんだ、わかんねえ」


 聴衆の一人の男が声をあげた。


「汚ねえぞ、俺らがわかんないようにしやがって。変態男が!」

「おい、誰か分かるもの教えろよ!」

「ほら、托鉢修道士さん! あんた、ラテン語わかんだろ? 皆に通訳しな」


 カーヤのすぐ近くにいた茶色の修道服を着た男に白羽の矢が当たった。

 フランシスコ会修道士は随分伸びた手入れしていないトンスラ頭を掻きかき、皆の目に晒されて話し始めた。


「やあやあ、子供も居ますし多少気が引けますがね……まあ、彼はこう言ってますよ。女性の脚の間が見たければ、娼家に行って娼婦に見せて貰えば済むこと。私が何故、女装までして出産の場におもむいたのか、その理由は皆さんに理解していただけるでしょう」

「変態野郎なんだろ」

「変態の考えなんて理解出来ねえ」

「まあ確かに、娼婦なら医師相手に喜んで脚開くわな」

「金が無いわけでもないだろうに、ただのケチ男だ」

「俺は理髪師だが、まだあの野郎よりはまともだぜ」


 カーヤの歯を抜いてくれたり、カーヤの叔父の腐った足指を切ってくれた理髪師のおじさんがため息をついた。


「……私は医師です。医師として分娩に立ち合い、その知識を得たかった。産婆だけに隠されたその技術を私も学びたかったのです。ただ、それだけのことです」

「冗談じゃないよ!」


 カーヤの隣に立っていた産婆が怒鳴りたてた。


「あたしたちから産婆の仕事も取り上げようってのかい! 医者ってやつはあたしたちを怪しい魔術を使うペテン師だと馬鹿にしやがって。腹痛の患者もリウマチの患者もあたしたちから奪い取って、最後の仕事まであたしたちから奪う気かい? そんなことはさせてたまるかってんだ!」


 産婆の顔つきが醜く恐ろしく変わり、カーヤは悪魔とはこんなものでは無いかと思った。


「医者って奴はクソ野郎ばかりだよ! ろくでなし連中さ! いいかい、これは女の仕事だ。あたしたち、産婆の仕事だ。あたしたちの仕事なんだ!」


「……おおっと、別の医師から新証言ですよ……なんと。ヴェルト医師が墓場で何人かの男女と淫らな行為をしていたと。おお、恐ろしい。あのヴェルト医師は医師仲間の敵が多かったんでしょうなあ、人気の医師だったようですから」

「なんだよ、あいつは魔女か」

「彼は猛烈に否定していますな」

「赤子が死んだら取り上げて食うつもりだったんじゃねえか? そうに違いねえ」


 周囲の大人たちの興奮が一層増して、カーヤは不思議に思った。罵詈雑言を述べ立てる大人たちこそ、カーヤには邪悪に見えた。

 カーヤは大人たちの間をすり抜け、素朴な疑問を投げにヴェルト医師が見えるところまで近づいた。


「ねえ、おじさん」


 声をかけたカーヤにうなだれていたヴェルト医師は顔を向けた。


「どうしておじさんは、赤ちゃんが生まれるところを知りたかったの? 産婆さんがいるのに。おじさんの仕事じゃないわ」


 ヴェルト医師は力なく笑ってみせた。ラテン語ではなくヴェルト医師はカーヤに答えた。


「私は医師なんだよ、お嬢ちゃん……私も母と子の命を救いたいと思ったんだ。でもそれは……傲慢だったかな」


 それからもカーヤやみんなの分からない言葉で裁判は続いて、ヴェルト医師は連れられて教会を出てしまった。






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