第85話家臣8

 重太郎は内弟子として、一生懸命我の技を吸収しようとしている。

 おゆき殿も一生懸命働いてくれている。

 二人とも、弟妹が三食御腹一杯食べられる事をとても喜んでくれている。

 生活の心配をせずに剣の修行に励める事で、重太郎はめきめきと腕を上げている。

 重太郎も御腹一杯食べられるようになって、身体ができてくるだろう。

 我も師として弟子にしてやれることを全てやる。


「車殿、頼めるか」


「任せてください。

 我らの力を総動員して探し出して見せます」


 我は能美家のために、非人頭の車善七に頼みごとをした。

 一つは能美家の敵、鮫島全次郎久堅を非人の情報網で探してもらう事。

 もう一つは、死骸と生きた動物を集めてもらう事だった。


「ありがとうございます。

 これは些少ですが、お礼です」


 我は贈り物に出来るような美しい風呂敷に包んだ切餅を四つ、車殿の前に置いた。

 金百両、少ない金額ではないが、百万の人間がいる江戸で、いるかいないか分からない人間を探すのには、多すぎる訳でもない。


「いえ、お金は不用です。

 その代わり頼みたいことがあります」


「分かりました。

 どのような頼みでしょうか」


「実は、野非人の事なのでございます。

 御公儀の御定めでは、郷里を欠落し無宿になった者は、例外なく郷里に返すことになっております。

 しかしながら、郷里にいては飢え死にするから、江戸に逃げてきた者達です。

 本来なら我ら非人頭が抱えてやるべきなのですが、東照神君が決めてくださった非人の仕事が、どんどん良民の仕事とされてしまい、野非人を抱えてやる事ができなくなっているのです。

 郷里に帰って何とか生きていけそうな者は、御公儀の定めに従い帰します。

 ですが、生きていけそうにない者は、立見殿が請け人となって、江戸に住めるようにしてやってもらえないでしょうか」


 これは困った、本当に困った。

 御老中や白河公には色々と恩がある。

 それなのに、御公儀の定めに逆らうわけにはいかない。

 だが、車殿の話は理解できるし、心意気には感動すら感じる。

 金で済むなら簡単だったのだが、欠落無宿人の請け人になるのは難しい。


「車殿の話は分かったが、我の一存では決められぬ。

 我は御公儀から御様御用の御役目を頂き、西ノ丸様の武芸指南役の御役目もいただき、御老中の田沼様と白河公と土井様から武芸指南役を頂いている。

 我が罪を犯すと、恩ある方々に御迷惑をかけてしまう。

 皆様方に相談して、許される範囲で請け人になるとしか約束できぬ。

 もし皆様方が反対されたら、請け人になる事はできにない」


「それで結構です。

 御公儀の御定めを破るのが、容易い事ではない事は、私も理解しております。

 ですが、下々の者とまで対談してくださる田沼様なら、真実をお話しすれば、分かってくださると信じております」


 なるほど、我から非人の現状を御老中の耳に入れてくれという話だな。

 それくらいなら容易い事だ。

 

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