第86話家臣9

「ふむ、なるほど、そう言う事か。

 善七の言いたいことは分かったが、なかなか難しいな」


「はい」


 口では出来ないような事を言っているが、心は別だな。

 やはり御老中は人情家だな。

 だが、我にはその方法が分からん。

 焦らさずに武辺者も我にも分かるように話して欲しいものだ。


「だが、やりようがないわけではない。

 藤七郎は御公儀から御役目を頂いておる。

 そこを上手く使って、非人にしか出来ぬ役目の者を召し抱えるがいい」


 我が御公儀から頂いている役目は御様御用だ。

 剣の鑑定をするには、実際に人の身体を斬って確かめるのが最上とされている。

 だが、生きた人間を斬るわけにはいかないから、死骸を集めて斬ることになる。

 つまり、死骸を集め運ぶ人間として、車殿が推薦する非人を下働きとして召し抱えろという事だな。


 まあ、実際問題、御公儀も町方も非人を下働きに雇っている。

 町方の代表が辻番所の番太で、御公儀の代表が鈴ヶ森刑場の雑事だ。

 我が御様御用のために非人を雇うのも同じという考えだな。


「承りました、五人ほど下男として雇う事にいたします。

 ただその場合は、非人として雇うことになるのでしょうか。

 髪型や服装など、非人のままか良民と扱うかで変わっています」


「そうか、そうであったな。

 それは困ったな。

 西ノ丸様の武芸指南役の屋敷に、非人を住ますわけにもいなぬ。

 誰か町人で請け人になる者はいないか。

 奉行所が調べたら誰か正体が分からないような、陰か霞のような者が、桂庵をやってくれていれば都合がいいのだがな」


 御老中は、伊之助が化けている二代目新右衛門の事を言っておられるのだな。

 確かに二代目新右衛門ならば、何かあった時に調べられても大丈夫だ。

 二代目新右衛門に、口入屋とも呼ばれる桂庵をやらせて請け人とすれば、何かあっても我は騙された雇ったことになる。

 御老中は御定めの抜け道をよくご存じだな。


「承りました。

 桂庵に下男を紹介してもらう事にします」


 御老中から知恵を授けて貰った我は、翌日早々車殿を訊ねた。

 御老中からの知恵だとは言わず、我の考えとして、二代目新右衛門を桂庵の主人に仕立て上げて請け人をやらせ、郷里に帰れば餓死する野非人を五人召し抱える事を伝えたのだが、条件を付けた。


 一つは敵の鮫島全次郎久堅を探し出す事だが、江戸にいない可能性もあるので、努力してもらうという事とした。

 絶対の条件は、生きた獣、特に豺狼を百頭集める事だった。

 これだけは絶対にやってもらわないと、重太郎に実戦訓練をさせられないのだ。

 非情非道と罵る者がいるかもしれないが、所詮武士は人殺しの学ぶ者なのだ。

 今の大名も、人殺しの上手だった者の子孫に過ぎないのだ。

 そして武芸者を志す我は、人殺しの道を究めようとしているのだ。

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