第84話家臣7

 能美家の話は、武家ならばよくある話であった。

 だが、父を討たれ、敵を取らなければ藩に戻れない能美家にとては、よくある話では片付けられない大問題だ。

 だが、広い日ノ本で敵を探し当てるのは並大抵のことではない。

 江戸だけでも百万人の民がいるのだ。

 日々の生活費を稼ぎながら敵を探すのは、事実上不可能だ。


「重太郎、おゆき殿、敵を討つのは大切だ。

 敵討ちを忘れては武士とは言えない。

 だが、敵討ちに集中するあまり、飢えて死んでは何にもならぬ。

 妹を吉原に売るようなことになっては、敵は討てても人の道を踏み外している。

 まずは生活の糧を得られるようにしなさい」


 我の言葉には納得し難いものがあったのだろう。

 話を聞けば、僅か十歳の頃に父を討たれ、母と共に幼い弟妹を連れて生まれ育った故郷を離れ、仇討ちの旅に出たという。

 仇討ちよりも生活を優先しろという言葉は、そのまま聞けることではないだろう。

 だが、このままでは、妹を吉原の遊女にしなければいけなくなるという言葉は、胸に応えたようだ。


「分かりました。

 わたくしも良人の敵を討ちたいのはやまやまですが、そのために腹を痛めて生んだ娘を遊女にするのは、絶対に嫌でございます。

 まずは働いて仇討ちのための軍資金を貯めます」


 重太郎より先に、母親のおゆき殿が決断してくれた。

 やはり女は度胸がある。

 重太郎も、母親のきっぱりとした言葉に気持ちが吹っ切れたのだろう。

 漢らしい、いい顔つきになった。

 仇討ちの旅の間に、苦労する母親を見て育ったのだ。

 母親の気持ちを蔑ろにするような事はあるまい。


「ならば何度も果し合いをやり、仇討ちの助太刀をしたこともある我からの忠告だ」


 我の言葉に、重太郎とおゆき殿の顔が真剣になる。

 我の実績を知っているのであろう。

 仇討ち一筋の能美家でも知っている我の評判はとんでもないない。

 読売の力はとても大きいようだ。

 ならばその力、また使うべきであろうな。


「まずは実力をつける事だ。

 相手より弱くては話にならん。

 返り討ちになっては、父親の仇討ちを弟妹が引き継がねばならなくなる。

 せっかく探し当てた敵が、また逃げてしまう。

 いや、仇討ちを終わらそうと、弟妹が襲われ殺される事もありうるのだ」


 我の言葉に、二人は真剣に聞き入っている。

 寝食を忘れて剣の修行をしてきたのは、立ち合った我には分かる。

 だが、実際に人を斬った事などないだろう。

 それでは実際の敵討ちの場で実力など出せなくなる。

 生々しい残虐な行為にはなるが、敵討ちのための実戦訓練をつけてやらねばな。


「だから、どこで敵と行き会おうと、その場で敵討ちをしてはならぬ。

 必ず後をつけて、住処を確かめ、万全の武装を整え、助太刀を連れて行くのだ。

 助太刀は師である我が引き受ける」

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