第62話若党坂田力太郎熊吉9

「私も、もういい歳です。

 勝手向きの厳しい同心になって、苦労したいとは思いません。

 ですが、今更武士を捨てて町人になるのも嫌です。

 武士のまま、武芸や手習いを教えて残りの人生を暮らしたい。

 まあ、この歳で妻子を望むのは欲が深すぎますな」


 銀次郎兄上の魂の叫びだ。

 わずかだが、立見家を継ぐ可能性を残しながら、部屋住みとして結婚も許されずに生き続けられた、次男に生まれた宿命によって染み込んだ生き方考え方だ。

 妻子が欲しいというのも、心からの叫びだろう。

 今の我なら叶えて差し上げられる。


「分かりました。

 兄上には白河松平家の武芸指南役立見家の若党として代稽古をしてもらいつつ、借りた町家で寺子屋の師匠をしてもらいましょう。

 若党の三両一人扶持に加えて、師範代と寺子屋師匠の役料として、二人扶持を払いましょう。

 それで妻子を養えるでしょう。

 いえ、銀次郎兄上の妻になる人には、腰元として二両を与えます。

 これなら安心して妻を迎え子を作ることができるのではありませんか。

 それに、兄上の実力次第では、白河藩の武芸指南役を継ぐことも可能です」


「かたじけない事です。

 ありがとうございます、殿。

 これで安心して妻に迎える事ができます」


 なるほど、銀次郎兄上には既に妻に迎えたい女性がいるのだな。

 武家の出か町家の出かは分からないが、その者に苦労をさせたくないのだろう。

 同心の三十俵二人扶持では、家族四人に下男下女の喰い扶持だけで二十俵がなくなってしまい、残るのは二十俵だ。

 二十俵を札差に売っても八両にしかならない。


 それに比べて武士としてどうしても必要な金がある。

 一番安く下男と下女を雇っても三両が必要になる。

 衣服に二両一分が必要だ。

 武士としての付き合いに四両二朱が必要になる。

 副食や燃料などに八両が必要になる。

 札差への費用や諸々の出費で一両二分二朱が必要だ。

 家族が一切私物を買わず、節約を重ねても十九両も必要なのだ。


 同心株を買って武士になっても、毎年十一両もの赤字を抱えることになる。

 武士の面目を捨てて、下男下女を雇わなくても、札差から手に入る金は十二両で、必要な金は十三両一分で、赤字になってしまうのだ。

 それも、夫婦と子供二人だけでだ。

 これに先代夫婦がいれば、赤字が増えてしまう事になる。


「では兄上、いえ、銀次郎。

 浅草の太平を守るために頭にすべき者を教えてくれ。

 もし銀次郎が武士まま浅草を纏める事ができるのなら、それでも構わない。

 武士のまま香具師を束ねられるのなら、そのあがりを手にしてくれて構わない」


「ありがとうございます。

 その方法を考えてみたいですが、それでは時間がかかってしまいます。

 浅草の事を早く片づけるには、車善七殿に話を通す方がいいです」

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