第61話若党坂田力太郎熊吉8

 さて、兄上はどう判断されるだろうか。

 浅草の門前町を一手に仕切る事ができれば、日に百両や二百両の金は手に入る。

 それを求めるも求めないも、兄上の腹ひとつ。

 手に入れる事にしたとしても、その金を町方の仕事に使うも私利私欲に使うのも、兄上の心がけひとつだ。


「私には、立見家を守っていかねばならぬ当主としての責任がある。

 軽々しく動くわけにはいかん。

 だが、浅草のために、心ある者が仕切りをせねばならぬのも理解しておる。

 銀次郎に聞いてみろ。

 銀次郎ならば、立見家と関係がない心ある目明しや、無頼の中にいるが、心の腐りきっていない者を知っておる」


 兄上らしいやり方だ、虎次郎殿は部屋住みとして必要だから、まだ勘当するわけにはいかないが、銀次郎兄上ならば、我と同様に縁を切る事が可能だ。

 そうしておくことが、立見家を守ることになるのは、我にも理解できる。

 だがこのような面倒臭い仕来りやしがらみが、我には耐えられない。

 耐えられない事を耐えねば、願いが成就しないのも理解している。

 理解して耐えているからこそ、御様御用も武芸指南役も手に入れられたのだ。


「分かりました。

 銀次郎兄上に相談してみます」


 我は金太郎兄上の助言を受けて、銀次郎兄上に相談してみた。

 まあ、それ以前に、もっと大切な事を告げなければならないのだが。


「分かりました。

 私は立見家から縁を切られるのですね。

 こうなる事は以前から分かっていました。

 いえ、私自身が金太郎兄上に願った事です。

 どうか家臣に召し抱えてください、藤七郎様」


「若党でよいのなら、何時でも召し抱えさせていただきますが、何故ですか。

 立見家は、色々と余禄のある定町廻りに選ばれる家柄のはずです。

 同心株や大家株を買う余裕くらいあったはずです」


「藤七郎様は知らなかったのですね。

 藤七郎様は名前通り七男です。

 父上は色事が好きで、多くの子供を生ませたのです。

 男だけで七人、女も入れれば十二人の子沢山です。

 全てに同心の株を買い、武家に嫁入りさせるのは、流石に厳しかったのですよ。

 金太郎兄上は、借財をしてでも妹達を嫁入りさせましたが、予備の私に株を買い与えるのが、どうしても遅れてしまったのですよ」


 何も知らなかった。

 そんな事情があったとは、全然知らなかった。

 そう考えれば、我は随分と迷惑な弟だったのだな。

 父上や兄上が非情なら、中条流の世話になっていたかもしれないな。

 これは、金太郎兄上や銀次郎兄上に恩を返すべきなのかもしれぬ。


「そういう事でしたか。

 だったら我が同心株を買って差し上げてもよろしいのですよ。

 我が生まれなければ、もう少しは余裕があったでしょう。

 今なら多少の蓄えがあります。

 徒士株は厳しいですが、同心株や大家株なら買うことができます。

 遠慮せず本心を言ってください」

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