第58話若党坂田力太郎熊吉5

「また貴公かね。

 御府内を騒がすのもたいがいにして欲しいものだな」


 町奉行、牧野織部殿から嫌味を言われるが、これくらいは仕方がない。

 これで我が南奉行所の手を煩わせるのは五度目である。

 何の因果か、事件を起こす時期が必ず南の月番だ。

 しかも我の立場が、南町奉行同心の庶弟から御老中の家臣や客分に代わるのだ。

 扱いが面倒で頭が痛いのは当然の事、嫌味の一つも言いたくなるだろう。


 今も白洲ではなく町奉行の私室で事情を聞かれている。

 牧野織部殿が気を使っているのが嫌でもわかる。

 まあ、それもしかたがない。

 今の我は御公儀から御様御用の御役目を頂き、御老中と親藩と名門譜代大名の三家から武芸指南役の御役目を頂いているのだから、普通の藩士のように、捕まえて裁いてから藩に引き渡したり、厳罰に処してから藩に通知するというわけにはいかない。


「御手数を御掛けして申し訳ないと思ってはいますが、武士である以上、命をかけて護らなければいけない面目というものがあります。

 今回もできだけ我慢はしましたが、尻を向けられては見過ごせません」


「ああ、事情は分かっている。

 証人も大勢集まっている。

 立見殿には何の落ち度もなく、武士として当然の事をされたのだと分かっている。

 ただこの後の浅草の事を考えて、嫌味を口にしてしまった、許されよ」


 牧野織部殿の言葉が気になる。

 確かに我は、浅草の新右衛門という者の子分を名乗る、破落戸共を斬り殺した。

 だが新右衛門本人を斬ったわけではない。


「我に多くの子分を殺された新右衛門という者が、意趣返しに浅草で何か悪さでもするのですか。

 それならば我がその新右衛門という者を斬って捨てますが」



「いや、そうではない。

 そんな事をされるとむしろ困る、と言うか、今では斬る事はできぬ。

 そうではなく、浅草を仕切っていた新右衛門が逃げ出したのだ。

 藤七郎殿の報復を恐れ、子分も縄張りも捨てて、夜逃げしたのだ。

 これから、主がいなくなった浅草を巡って、無頼の者共の争いが起こる。

 それを思うと頭が痛いのだ」


 なるほど、そういう事か。

 だがそれほど悩むような事だろうか。

 名奉行と言われていても、名門旗本の生まれの牧野織部殿では、清濁併せ吞むような解決方法は思い浮かばないのであろうな。


「ならば奉行所が浅草を仕切ればよいではありませんか」


「簡単に言ってくれる。

 浅草は浅草寺、寛永寺、東本願寺といった力ある寺社が多く、なかなか取り締まりの難しい土地柄なのだ。

 武家地も多く、武家地や寺社領に逃げ込まれては、なかなか手出しできんのだ」


「御奉行の信頼する目明しに任せればいいではありませんか。

 力ある目明しならば、武家地や寺社領の中まで取り仕切ってくれますよ」

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