第59話若党坂田力太郎熊吉6
「殿様、あっしのために色々と手数をお掛けしてしまいました」
熊吉が我に謝るが、熊吉が謝るような事ではない。
「気にするな。
我に無礼を働いたから斬っただけだ。
それよりも熊吉もよくやった。
あれだけ金砕棒を使いこなせれば、少々の武芸者が相手でも勝てるぞ。
熊吉が戦国乱世に生まれていたら、ひとかどの武将になっていたぞ」
「えっへへへへ。
殿様にそう言ってもらえると、あっしも嬉しいです」
「殿様、藤七郎の殿様。
熊吉をこのままにしていると、不味いんじゃないですか」
浅吉と一緒に我と熊吉の会話を聞いていた伊之助が口出ししてきた。
我に熊吉を処分させようと言うのか。
いや、伊之助がそのような事を言うはずがない。
何か我が見落としている事があるのだ。
「何か不味い事があったか」
「熊吉の身分ですよ。
あの時は若党として破落戸共を無礼討ちにしたんです。
今のような曖昧な身分じゃ問題になるんじゃないですかい。
ちゃんと姓名を与えて士分にしておかないと、詳しい取り調べがあった時に、殿様の落ち度になるんじゃありませんか」
確かに伊之助の言う通りだった。
まあ、我を詳しく取り調べようとする者がいるとは思えない。
いるとすれば、御老中と敵対する者が、御老中を陥れるために、粗探しで行うくらいだろう。
だが、そうと分かれば、このまま放置するわけにはいかないな。
「伊之助の言う通りだ。
ここは正式に熊吉に姓名を与えておいたことにしよう。
幸いあれから熊吉に中間や下男の格好はさせていない。
あの無礼討ち騒動の前に、正式に若党に取立てておいたことにすればいい。
熊吉はどのような姓名がいい」
「え、本当に士分に取立ててくださるのですか。
ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。
命懸けでお仕えさせていただきます。
姓名なんてなんでも結構です。
吉良でも浅野でも荒木でも、なんでも結構です」
「これ、これ、流石に吉良や浅野や荒木を名乗らすわけにはいかぬ。
だがどうせつけるのなら、熊吉の剛力に相応しい名前にしたいものだ」
「殿様、藤七郎の殿様。
だったら力持ちの力太郎でいいんじゃありませんか」
冗談半分なのか、伊之助が適当に事を口にする。
だが悪い名ではない、力太郎熊吉というのは決して悪い名ではない。
江戸っ子に分かり易い力自慢となれば、金太郎こと坂田の金時殿であろう。
だが、坂田金時と、そのまま名乗るのはおこがましい。
それに、金太郎では我の兄と同じ名になってしまう。
坂田力太郎熊吉ならば、剛力を現わすのに相応しい姓名だろう。
「そうだな、ならば金太郎にあやかって、坂田力太郎熊吉という名にしよう。
不服はないか、熊吉」
「ありません、ありません、全然ありません。
立派な姓名ありがとうございます」
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