第57話若党坂田力太郎熊吉4

「お、熊だ、熊の野郎がさんぴんの格好をしてやがるぜ」

「本当だ、うすのろの熊が、さんぴんになってやがる」

「わっはははは、田舎者で頭の足りない熊がさんぴんだってよ」

「わっはははは、勤番のさんぴんも笑えるが、棒手振りがさんぴんの格好をするはもっと笑えるぜ」


 今日は熊吉が若党の格好をして、古河土井家中屋敷に行く日だった。

 間の悪い事に、熊吉が野菜の振り売りをしていたのを知っている破落戸が、熊吉が若党姿になっているのに気がつき、聞き捨てならない悪口を繰り返した。

 何かあったのか、兄貴分が二十数人の弟分を率いている時に行き会い、数を頼んで言いたい放題だ。

 熊吉は我が何も言わないので怒りを我慢してくれている。

 いつもなら真っ先に啖呵を切る伊之助が、何か思惑があるのか黙っている。


「黙れ、下郎。

 この者は我の家臣である。

 我の家臣に悪口雑言を繰り返すというのは、我に喧嘩を売っているのと同じだぞ。

 これ以上繰り返すのなら、武士の面目にかけて無礼討ちにする。

 お前らのような破落戸を斬っても刀が穢れるから、できれば斬りたくない。 

 だからもうやめよ」


「じゃかましいわ。

 俺達は浅草の新右衛門一家だ。

 侍相手に逃げ出すような臆病者じゃないんだよ。

 けつでも喰らいやがれ」


 兄貴分が、事もあろうの着物の裾をたくし上げ、汚い尻を向けてきた。

 これは見逃すわけにはいかん。

 ここまでされて無礼討ちをしなければ、武芸指南役にしてくれた御老中や白河公や侍従様の面目を潰すことになり、腹を切らなければいけなくなる。


「そうか、ならば無礼討ちにいたす。

 よく聞け者ども。

 浅草の新右衛門一家は、我、立見藤七郎宗丹を罵り尻を向けてきた。

 武士の面目にかけて無礼討ちにいたす。

 後々の証人になるように」


「「「「「うぉおおおおおお」」」」」

「四百人斬りだあ」

「立見の殿様だあ」

「藤七郎の殿様だあ」

「やってください」

「乱暴者を成敗してください」


 我が名乗ったとたん、遠巻きに見ていた者達が騒ぎ出した。

 嬉しい事ではないが、我の名は江戸中に知れ渡っている。

 読売が出す江戸っ子の人気者番付でも東の大関だ。

 野次馬が我を声援してくれるのは、その人気もあるが、浅草の新右衛門一家が普段から悪事を重ねているというのもあるのだろう。


「ひぃいいいいい」

「四百人斬りだ」

「人斬り藤七郎だ」

「逃げろぉお」


「子供達は眼を瞑れ。

 熊吉、叩き殺せ。

 ここで殺さねば腹を切らねばならんぞ」


 やれ、やれ。

 武芸者で生きていく以上、多くの者を殺す覚悟ではあったが、その相手は同じ武芸者の心算だったのだが、なんだか破落戸ばかりを斬っている気がする。

 これで五百人斬りと言われるのだろうな。

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