第56話若党坂田力太郎熊吉3

「鍛錬を始めるぞ」


「はい、先生」


 銀次郎兄上と虎次郎を弟子とし、浅吉とおいよさん夫婦と熊吉を家臣として召し抱え、四つの武家長屋を貸してもらってから、我の生活は一定の流れができた。

 

 相良田沼家上屋敷で起きて、夜明けと共に目が覚めたら、おいよさんの作ってくれた朝食で腹ごしらえをする。

 直ぐに道場に行って神棚を祀り、素振りと型の鍛錬を行う。

 道場の掃除は熊吉や上屋敷の弟子達がやっている。

 昼までみっちりと鍛錬を繰り返すが、役目のない上屋敷の弟子達が鍛錬に加わる。


 昼食は相良田沼家上屋敷で、おいよさんが作ってくれた物を喰らう。

 今日は朝聞いていた通り、鮪と茎葱の醤油煮だ。

 我は味醂を加えて薄味で煮たものが好きなので、我に合わせて味付けさせる。

 江戸っ子の好みには合わせない。

 人数が増えたお陰で、毎食ご飯を炊くので、昼食も熱々のご飯が喰える。

 昼食も四杯飯を喰い、蠣の味噌汁も大いに飲んで腹を満たす。


「浅吉、熊吉、伊之助、中屋敷に行く前に河に行く、準備をしておけ」


「「はい」」


 浅吉と熊吉は家臣らしく返事をするが、伊之助はどこ吹く風だ。

 今さら叱ってもしかたがない。

 気に喰わなければい何時でもここを出ていく奴だ。


「おいよさん、年嵩の子供達も連れて行きます。

 準備をさせておいてください」


「はい、殿様」


 いつもの事なので、三人も子供達もすでに準備を整えている。

 ろくに返事もしない伊之助もちゃんと準備はしている。

 今日は昼から相良田沼家中屋敷に行くのだが、その前に河で魚を獲るのだ。

 その魚を、中屋敷に拝領した長屋の天水桶に放ち、泥を吐かせる。

 それを上屋敷に持って来ておいよさんに料理してもらったり、中屋敷の下級藩士に分けてやったりする。


 剣術指南役として正式な訪問になるので、供の者にもそれなりの格好をさせる。

 だから三人は交代で若党、槍持ち、中間を入れ替わる。

 一応士分の若党と、ただの武家奉公人に過ぎない槍持ちと中間では、身分に天と地の違いがあるから、一時だけでも士分の若党を演じたいと思うのは人情だ。

 だから誰か一人を若党と決めずに、三人が交代で演じるのだ。


 同時に獲った魚を中屋敷にまで生かして運ぶために、供の者は大きな籠を背負う。

 それは中間と年嵩の子供達に任せてる。

 本当は力のある大人が運ぶ方が沢山運べるのだが、若党と槍持ちに籠を背負わせるのは、身分的に問題があるのだ。


「殿様、鮎です、鮎が飛び跳ねていますよ」


 伊之助がうれしそうに言う。

 伊之助も鮎が好きなのだろう。


「ほう、美味そうだな。

 我は若鮎が大好きなのだ」


 初夏の今は、若鮎が大量に川を遡っている。

 我は若鮎を塩焼きにするのも素揚げにするのも天婦羅にするのも大好きなのだ。

 見ているだけで唾が湧いてくる。


「鮎を獲る。

 そこで見ておれ」


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る