第25話姉妹遭難14

「旦那、大変です。

 読売りの連中が斬り殺されました」


 渡り中間の事があってから三日、珍しく朝から長屋を出ていった伊之助が、直ぐに慌てて戻ってきた。


「当然であろう。

 白河公に故のない罪を擦り付けたのだ。

 家臣が死に物狂いで下手人を探し殺すと以前にも言った」


「旦那、旦那もやっぱり武士なのですね」


 伊之助が嫌な眼つきをしているが、愚かな奴だ。


「当然であろう、伊之助。

 誇りと名誉に生きるからこそ、斬首を覚悟で座頭を斬り、渡り中間を斬ったのだ。

 武士でなければ、お前同様助けもせず、野次馬の町人と一緒に見ていた。

 武士の生きざまが気に喰わぬというのなら、もう我に近づくな」


「申し訳ありません、藤七郎の旦那。

 自分が思い違いしておりました」


 急に詫びて来たが、我の知った事ではない。

 真面目に働きもせず、長屋の者達の好意で飯を喰っている怠け者だ。

 たまに帰ってこない夜があるが、その翌朝には纏まった金を持っている。

 何か後ろ暗い金だろう。

 そんな伊之助にどう思われようと気にはならない。

 目の前で悪事を働くようなら殺せばいいだけのことだ。


 それから四日、三度の食事はおいよさんに用意してくれた物を食べ、四日に一度は田沼家の屋敷に出稽古に行き、時間があれば大川や砂浜で魚を狩る、何時もの平穏な日々を愉しんだ。

 御老中からも山名家からも特に呼び出しもなく過ごした。


「頼みましょう。

 立見藤七郎殿は御在宅か」


 貧しい裏長屋に立派な武士が訪ねてくる。

 声から判断して山名家の用人の方だろう。


「居りますぞ。

 このようなむさ苦しい所に来て頂き恐縮です」


 武士らしい口上のやり取りをして、狭い四畳半の板の間に入ってもらう。


「我が主、山名衛門尉が、先日のお礼に一献差し上げたいと申しております。

 ご都合はいかがでございましょうや」


「明日の朝四つから昼八つまでは、田沼家に剣術指南に行かねばなりません。

 四日ごとに田沼家で出稽古がありますので、それ以外ならばいつでも大丈夫です」


 山名家の用人と打ち合わせして、後日また都合を聞いてもらうことになった。

 我には家族も家臣も奉公人もおらず、連絡をつけるのには不都合だった。

 だが四日ごとに田沼家に剣術指南に行くので、言付けは田沼家届けてもらうことになった。


「しかし、正直不思議でござる。

 道場を構えておられるのなら分かり申すが、そうでないなら、田沼家で長屋を用意してもらえばよいのではありませんか。

 立見殿は田沼家の剣術指南役でございましょう」


 用人殿に言われて、我も初めて気がついた。

 古い裏長屋だから家賃も三百文程度だが、それでも月々必要になる。

 田沼家に用意してもらえば無料ですむのだ。

 我は何故長屋の用意を頼まなかったのかと考えて、初めて分かった。

 我はのこの長屋が大好きだったのだ。


 

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