第26話姉妹遭難15

「さあさあ、もう一献飲んでくれ」


「白河公、どうかもうお許しを。

 手前なにぶん不調法で、酒は苦手なのでございます」


「なんと、天下の二百人斬り、立見殿が不調法とは。

 これはいい事を聞きましたぞ。

 これはもっと飲んでいただけなばなりませんぞ」


 困ったものである。

 我が下戸なのをよい事に、揶揄うとは人が悪い。

 まあ、所作を見て言葉を聞けば、悪意がないと分かるから、席を立つわけにもいかんし、本当に困ったものだ。


「白河公、そろそろ許してあげてはいかがですか。

 男は敷居を跨げば七人の敵ありとも申します。

 まして立見殿は武芸者、首を狙う者も多いでしょう。

 白河公の勧める酒がもとで不覚をとったとなれば、せっかく注いだ汚名が」


「おお、それはいかぬな。

 あのような仕儀はもう御免じゃ。

 せっかく立見殿が版元に談判して、余の汚名をそそいでくれたのじゃ。

 悪ふざけはここまでにしておこう。

 許されよ、立見殿」


「いえ、いえ、大した事はしておりません。

 武士の名誉を穢すような真似が許せなかっただけで、武士として当然の事をしただけでございます」


 確かに我は版元に押しかけて訂正の読売を書かせた。

 白河公の悪評が立つような読売を書いた版元が分からなかったから、長屋の連中や田沼家の方に頼んで、世に知られている大きな版元から訂正の読売を出させた。

 その内容は、悪事に加担したのは渡り中間で、白河公は名前を騙られただけだと。

 藩士と名乗った武士も、罪があって以前に白河藩を追放された者だと。


 多少の嘘は混じっているが、武士は相見互いである。

 最悪の場合になれば、十一万石の家臣が禄を失い浪人となるのだ。

 そのような不幸を見過ごすわけにはいかない。

 まあ、白河藩に逆恨みを防ぐ意味が全くなかったとは言わないがな。


 それに、今日の宴席には少々驚かされた。

 山名の殿様に招待されたと思ったいたら、その場には御老中田沼様と見知らに立派な武士がいて、それが白河公というのだからな。

 たぶん我も驚いた顔をしていたのだろう。

 御老中の愉快そうな笑顔を浮かべておられた。

 その後で白河公から丁寧な礼を言われ、山名の殿からもまた礼を言われた。


 まあ、お二人の屈託のない笑顔を見れば、わだかまりなく和解ができたと分かったので、心から安心できた。

 武芸者としては、騒乱は名を売る機会でもあり、歓迎する気持ちもあるが、それに巻き込まれて浪人する者がでるのは本意ではない。


「さて、愉快な宴席を終わらせるのは惜しいが、明日も御役目がある。

 そろそろ立見殿にお礼を渡してお開きにしようか」

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