第21話姉妹遭難10

 夜が明ける前からどこかに出て行っていた伊之助が戻って来た。

 手に読売を持って満面の笑みを浮かべている。

 伊之助が何を持っているか直ぐに思いついた。


「旦那、見てくださいよ。

 百人斬り、百人斬りですよ」


 案の定、伊之助は我が機能斬った渡り中間の一件を書いた読売を持っていた。

 だがその内容は頭が痛い物だった。

 渡り中間百人斬りとか、拐かし中間百人斬りだと思っていたのだが、内容は婦女拐かし白河藩士百人斬りとなっていた。

 嘘ではないが著しく誇大している。

 これでは白河藩の面目丸潰れである。


 見出しだけではなく、内容もじっくりと読んでみる。

 驚いたことに、我が捕らえた白河藩士の名前が記されている。

 しかも藩士と中間の両方が、山名家の姫君を拐かすように、白河公から命じられたと記されている。

 これでは、この読売を読んだ者は、白河公が拐かし犯のように思ってしまう。

 実際には、獣欲を満たそうとして渡り中間と、渡り中間から賄賂をもらっていた藩士が、白河公の名前を使って罪を逃れようとしたのだ。


「これは大事になるぞ、伊之助」


「何がです、藤七郎の旦那。

 旦那に仕官のお誘いが殺到するんですか」


「いや、そうではない。

 白河藩は面目にかけて読売書きを探し出して斬るぞ」


「え、そんな無体な」


「無体ではないぞ。

 我の考えでも、拐かしに白河公は関係していない。

 それをこのように書かれては、白河藩の面目かけて嘘を証明せなばならん。

 もし読売書きに知り合いがいるようなら、直ぐに知らせてやれ。

 そして今日中に書き直した読売を売らせるのだ」


「いえ、そんな事を言われても、読売書きに知り合いなていませんよ」


 伊之助が困った顔をしている。

 確かにこの事は伊之助に言うべきことではない。

 誇大に書き立てて嘘を広めたのは読売書きの責任だ。

 嘘を書かれた武士が、面目にかけて手討ちにするは当然のことだ。

 武士の面目を潰すような事をしたのだから、読売書きにも手討ちにされる覚悟くらいいあるだろう。


「まあ、よい。

 せっかく我のために買ってきてくれたのだ。

 朝ご飯くらい喰っていけ」


「流石藤七郎の旦那だ。

 朝からおいよさんの作る膾を楽しみにしていたんですよ」


「なに言っているんだい、伊之助。

 あんたのために作ったんじゃないよ」


 何時もの言い合いだが、今日は仲裁してやろう。


「今日は許してやってくれ。

 この読売を見て、行かなければいかないところができたのだ。

 伊之助には供をしてもらうので、その礼の先払いでもある。

 残りの鯔はおいよさんの所で全部食べてくれ」


「藤七郎の旦那に言われたんじゃ仕方ありませんねぇ。

 昼食と晩飯はどうされるんですか。

 必要ならもう一度ご飯を炊いておきますよ」


「昼は屋台ですます。

 夜はどうなるか分からんのだ」


「じゃあ念のために炊いてお櫃に入れておきますよ。

 仕方ないから伊之助に分も炊いておいてやるよ、感謝しな」


 口は悪いが本当に気の好い人だ。

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