第20話姉妹遭難9

「藤七郎の旦那、食事の用意ができましたよ。

 何時ものようにそちらに用意しましょうか」


「頼むよ、おいよさん」


 同じ裏長屋に住むおいよさんが、今日も朝食の準備をしてくれる。

 おいよさんの長屋で一緒に食べるように言ってくれるが、おいよさんの旦那と子供もいるのに、並んで一緒に食べるのは居心地が悪い。

 別に何も臭い仲ではないが、どんな顔をしていいのか分からないのだ。


 おいよさんが用意してくれた箱膳には、昨晩我が突いた三尺を超える鯔(とど)が、酢味噌の膾にされて乗っている。

 鯔(とど)とは鯔(ぼら)が成長しきったもので、出世魚として江戸っ子には好まれる魚なのだ。

 だが臭みを防ぐためには、完全に血を抜いた方がいい。

 槍を使って獲る我には、気絶させて泥を吐かさなければいけない鯉や鮒より簡単に獲ることができる。


 長屋の者達は、夏の淡白な身が好きだと言うが、我は冬の脂の乗った鯔の方が好きである。

 特に珍重されているへその部分を、獲った我に食べさせてくれようで、切り身の塩焼きと一緒に焼いてくれている。

 内臓は湯引きして、これも酢味噌で和えられている。

 

 まずは熱々のご飯に身の酢味噌膾を乗せて一気に喰らう。

 あまりの美味さに、心から愉悦を感じてしまう。

 空腹に喰らうご飯ほど美味いものはない。

 本来なら膾だけでご飯の三杯四杯喰らうなど簡単なのだが、それではせっかく手間暇かけて用意してくれたおいよさんに悪い。


 二杯目は鯔の切り身の塩焼きでじっくり味わうように喰う。

 鯔の塩焼きの脂の旨みと塩の美味しさを味わいながら、ご飯の甘みと美味さを噛み締めながら喰らう。


 三杯目は一瞬迷う。

 へその塩焼きと湯引きした内臓の酢味噌和えは、昼飯や晩飯に取っておくことができると考えてしまう。


「藤七郎の旦那。

 昼飯と晩飯には、残った身を天婦羅にして、粗は煮つけにしますからね。

 今御膳の上にある物は全部食べてくださいね」


「おい、お前達だけ美味いものを喰うつもりかよ」


「うるさいね、全部藤七郎の旦那が獲ってきてくださったものだろ。

 文句があるんなら自分で獲ってきな。

 まあ旦那は優しいから、あんたの晩酌の肴くらい分けてくださるよ」


「そうか、そうだな。

 藤七郎の旦那、宜しくお願いしやすね」


 相変わらず仲のよい夫婦だ。

 また子供が生まれるかもしれないな。

 それに、こんなに美味しい料理が喰えるのは、おいよさんのお陰だ。

 我では魚は獲れとも料理ができん。

 長屋のみんなで分けて食べるのになんの文句もない。


 三杯目のご飯の一口目は、へその塩焼きで楽しむ。

 後は湯引きした内臓の酢味噌和えを乗せて一気に喰らう。

 身の膾とは違う食感と美味しさに恍惚となる。

 まだ膾も味噌和えも残っている。

 ここは思うさま熱々のご飯を四杯五杯と食べて、昼にもう一度おいよさんに飯を炊いてもらうか。


「旦那、藤七郎の旦那。

 また出てますぜ」

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