第8話座頭金8
「武州浪人、立見藤七郎宗丹。
貴殿の口上、至極もっともであった。
よって貴殿の無礼討ちを正当と認める」
名古屋天根一検校を無礼討ちしてから三十日、我は無罪放免となった。
何らかの罪を問われるかと思ったが、何のお咎めもなかった。
これには色々と噂があった。
当道座のあまりの酷い取り立てに、幕臣の苦情が多すぎて、何らかの処分をしなければいけなかったという噂。
表向き十数万両もの利益を蓄えていたという名古屋天根一検校だが、実際には百数十万両もの蓄えがあり、その大半を御老中の田沼様が着服したという噂。
流石にその噂は、御老の中田沼様に対する門閥の悪意からきた、荒唐無稽なものであろうと我は思う。
まあ、我には噂など、どうでもいいことだ。
奉行所に証拠として預けていた、愛用の大小を返してもらった。
自宅謹慎も終わった。
これでようやく長屋を出て魚を獲ることができる。
三十日自宅謹慎をしていたので、天水桶の鮒や鯉も食べ尽くしてしまった。
「旦那、藤七郎の旦那。
これから魚を獲りに行かれるのでしょ?
長屋の者達を集めておきましたよ」
伊之助が長屋の者達を集めて奉行所の前で待ってくれていた。
魚が食べたいから待っていたような憎まれ口を利きているが、我がなにか処分を受けないか、心配してくれて集まっていたのは、表情を見ればよく分かる。
これは本気で魚を獲らねばならぬな。
彼らが大好きな鯛を突ければいいのだが、大川で探すのは難しい。
この季節なら鱸も美味しくなるから、河口辺りで鱸を狙うか。
「ああ、待て藤七郎。
集まった者達も聞いてくれ。
今回の藤七郎の行いは御公儀でも評判がよくてな。
内々で話がしたいと申される方が多いのだ。
せっかく集まってくれたお前達には悪いのだが、今日は諦めてくれ。
その代わりと言っては何だが、これで一杯やってくれ」
兄上が我を待っていてくれたようです。
お奉行から話がなかったのは、公式ではなく私的な面談にするためでしょう。
たぶんですが、御老中の田沼様が会ってくださるのかもしれません。
仕官を考えれば、とてもありがたい話です。
それにしても、長屋の者達の酒手に金一両を渡すとは、兄上も思いきりましたね。
一両分の酒といえば、三斗五升は買える。
斗酒を呑むような大酒豪もいるが、普通はそんなには飲まない。
三斗五升もの酒があるとなったら、向こう三軒両隣ではすまない。
長屋中の者が集まってくるだろう。
それとも、ここにいる者達だけで、飲み食いするだろうか。
いや、気の好いこの者達なら、肴が焼塩だけになっても、長屋中の人間を集めて、愉しく歌い踊り騒いで飲むだろうな。
「藤七郎、行こうか」
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