第9話座頭金9

「無礼討ちも、その後の仕儀も、まことに見事であった。

 まずは杯を受けてくれ」


 兄上に案内された所は、江戸の料理茶屋番付で、行司役として別格扱いされている二十二点の中でも別格中の別格、江戸一番と評価されている八百善だった。

 出された料理も、長崎から伝わった卓袱料理という、我のような剣客志望の無骨者には過ぎたる物で、味の良し悪しなど分かろうはずがない。

 

最初に食前酒がだされた。

次に鯛の身と鰭が入った吸い物。

鯛、鮃、真名鰹の刺身。

からすみ、伊達巻、羊羹、寒天にカスドースと呼ばれる菓子。

𩺊の湯引き。

甘鯛の長崎天麩羅。

東坡煮と呼ばれる猪肉の甘辛煮。

ハトシと呼ばれるマントウに海老のすり身を挟んで揚げたもの。

天麩羅。

 パスティと呼ばれる、鶏肉ともやしとシイタケを醤油などで薄味に煮て、それをマントウ包んで焼いた物。

野菜の煮物とお浸し。

水菓子。

紅白の丸餅入りのお汁粉が最後にだされた。


 食事の合間に、畏れ多くも御老中の田沼様と、色々な話をさせていただいた。

 どうも、我を田沼家の剣術指南役として召し抱えてくれるつもりのようだ。

 正直な話、お受けするかどうか悩む。

 田沼家に剣術指南役として召し抱えてもらえれば、子々孫々安泰だろう。

 だが、我にも立見家を出た時に誓った願いがある。

 それを捨ててしまうのは、武士としていかがなものかと思う。

 それに、気の好い長屋の連中と別れるのも少々寂しい。


「藤七郎、この度の褒美として望みをかなえてつかわす。

 なんなりと望みを申すがよい」


 御老中の言葉に、兄上が期待しておられます。

 定廻りで色々と余禄が多い立見家ではありますが、御老中の田沼様と縁ができるのは、何事にも勝る強みとなるでしょう。

 田沼様にしても、門閥から色々と悪い噂を立てられているようです。

 百人斬りと評判の我を召し抱えることで、少しでも悪い噂を払拭できればいいと、考えておられるのだろう。


「ありがたき幸せに存じます。

 まだまだ修行中の身なれば、通いの剣術指南役として召し抱えていただければ、これに勝る喜びはございません」


「通いの剣術指南役とな。

 ふむ、なにか考えがあるのだな。

 他にも望みがあるのであろう。

 遠慮なく何なりと申すがよい」


 兄上が真っ青な顔色をなされている。

 我が、御老中の願いを知っていながら応えなかったことを、不安に思っているのであろうが、御老中はそれほど心の狭い方ではない。

 それに我に本当の願いがある事にも気がついておられる。

 心配など全く不要だ。


「恐れいります。

 我に御公儀の御様御用をお許し願いたのです」

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