第5話座頭金5

「冷たい事を言うなよ、おいよさん。

 俺も一緒に喰わせてくれよ」


「なにを勝手な事を言っているんだい、伊之さん。

 藤七郎の旦那の食事の世話をするのは、旦那が私達のために、いつも鯉や鮒を獲ってきてくれるからだよ。

 普段から何もしない伊之さんに食べさせるおまんまはないよ!」


 紙屑拾いの女房、おいよさんが伊之助を叱りつけている。

 まあ、それでも、本当に困っている時は飯を喰わせてくれる気のいい人だ。

 だが今日は少々機嫌が悪いらしい。

 ようやく伊之助が働きに行ったと思ったら、何の稼ぎもなく帰ってきたのが情けなく悔しいのかもしれない。


「ちぇっ、しかたねえな。

 久しぶりに本気で働くか。

 ちょっとひと稼ぎしてきますよ、藤七郎の旦那」


 やれ、やれ、ようやく本気で働く気になったか。

 おいよさんが本気で心配し怒ってくれているのが伝わったのかもしれない。


「藤七郎の旦那。

 そっちに用意しましょうか。

 それとも家に来て食べられますか」


 江戸でも特に貧しい者が集まる棟割長屋だ。

 御多分に洩れず、貧乏人の子沢山。

 おいよさんの家にも四人の子供がいるから、別に押しかけても悪い噂は立ったりはしないのだが、これでも自宅謹慎の身だ。

 便所以外で自分の長屋からは出ない方がいいだろう。


「すまないが、こちらに用意してくれるか、おいよさん。

 自宅謹慎処分を受けているから、自分の長屋から出ない方がいいと思うんだ」


「まあ、そうでしたね。

 本当にお奉行様も何を考えていなさるのでしょうね。

 あんな阿漕な金貸しを成敗してくださった藤七郎の旦那を、謹慎にするなんて。

 ほんと、御上のやる事はろくでもないんだから」


 おいよさんが、俺のためにぷりぷりと怒ってくれている。

 今も文句を言ってくれているが、別に今回の件は御上が悪いわけじゃない。

 悪いと言っても、名古屋天根一検校がやり過ぎただけだ。

 眼が不自由な盲人を保護するために、幕府が座頭に金貸しを認めたのはいい事だ。

 問題は取り立ての仕方だけだ。

 もう少し、座頭金に手を出さなければいけない貧乏御家人に配慮していれば、我だって無用な殺傷はしなかったのだ。


「はい、藤七郎の旦那。

 旦那が獲ってきてくれた鮒は泥を吐かせて洗いにしましたからね。

 残った頭と骨は、味噌汁にしましたからね」


 おいよさんが、てきぱきと膳を用意してくれる。

 江戸では大阪と違って朝にご飯を炊く。

 江戸城に登城する武士や、働きに出る庶民が弁当を持って出るので、朝にご飯を炊いて、屋敷や長屋に残る女房子供は、昼と夜は冷めた飯に汁や茶をかけて軽く済ませるのが普通なのだが、今日はわざわざ鮒をさばいてくれたようだ。

 もっともご飯までは炊いてくれなかったようだが。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る