第4話座頭金4

「大変だ、大変だ、大変だ!

 これを見てくださいよ、藤七郎の旦那!」


 錠前直しの伊之助が大慌てで戻ってきた。

 同じ裏長屋に住む職人だが、真面目に仕事をしている姿を見たことがない。

 本気の時は小気味いほど動きの素早い男だが、今日は特に動きがいい。


「なにごとだい、伊之助」


「なにごとじゃありませんよ。

 この読売を見てくださいよ」


 伊之助はわざわざ木版摺りの読売を買ってきたようだ。

 読売の内容を呼んで少々驚いた。

 まだ昨日の事なのに、我が名古屋天根一を無礼討ちしたことが書かれていた。

 どこでどう調べたのか、我の名前まで正確に書かれている。

 流石に南町奉行所同心、立見家を久離された身だとは書かれていないが、読む者が読んだら素性など直ぐに分かってしまう。


「旦那!

 藤七郎の旦那!

 旦那の話とは違うじゃないですか。

 旦那の話じゃ、十四人を斬ったてことでしたが、読売には百人斬りとありますよ。

 本当の事を言ってくれなくっちゃ、会った者に自慢もできやしませんよ」


 困った奴だ。

 普段は、日がな一日長屋でごろごろしているくせに、今日は朝早くから長屋を出ていったかと思っていたら、我の話をあちらこちらでしていたのだな。


「我は嘘だど言っておらん。

 この読売が大袈裟に書いているだけだ。

 奉行所に確認すれば直ぐに分かる事だ。

 読売を売るために、知っていて嘘を書いているんだ」


「ちくしょう!

 騙されちまったぜ!

 だったら十文も出して買うんじゃなかった!」


 どうやら伊之助は読売りに騙されたようだが、普通なら三文か四文の所を十文もとるなんて、暴利もはなはだしい。

 まあそのために、買い手の興味を引こうと百人斬りと大袈裟に書き立てのだろう。

 皆生きていくのに必死なのだが、我にも悪い話ではない。

 嘘でも百人斬りという評判が立てば、剣客として名が売れる。


「くっそう。

 ただ騙されたんじゃあおもしろくねぇえ。

 今から俺も、旦那を百人斬りの旦那といいますからね。

 読売に書いてあるんだから、間違いじゃねえ。

 旦那も今から百人斬ったと言ってくださいね」


 馬鹿な事を言う奴だな。

 だが、まあ、伊之助が口にする分には、俺が嘘をついている訳じゃあない。

 この調子なら、会う人間に片っ端からこの話をしてくれるだろう。

 それがもとで、中山安兵衛のように婿養子に迎えられるかもしれない。

 我は黙ってるだけでいい。


「ちょっとうるさいよ、伊之助さん。

 もう昼時で、藤七郎の旦那に昼食を食べてもらうんだよ。

 あんたはさっさと仕事に戻りな」


 

 

 

 


 

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