第4話
「5件も達成ありがとうございます。そろそろ、終業の時間になりますので、宿が決まっていなければギルドの部屋を使ってくださいー。」
へ?
ギルドには当直があり、受付が常駐するため宿泊施設が必ずあって、1食付1泊で銅貨1枚で泊まれる代わりに使用できるのは低ランクの冒険者に限られ、どこまで低ランクと見なすかは各ギルドの裁量に任せられている。
ペルギルドはその時の状況にも夜がDランク以下で依頼を1つでも達成している冒険者に宿泊施設の使用許可している。
それ以上なら、もうギルドに泊まらなくてもやっていけるという判断ということです。
「ふぅー。私以外には冒険者はいないようですね。」
寝具があるだけ昨日よりはましですが、その寝具もいいものとは言えないようです。
熱いシャワーを浴びたい気持ちはありますが…この世界で風呂は中々の贅沢品のようですし、せめて石鹸くらいは確保したいところです。
「明日は、もっと色々な仕事を受けてみましょう。」
Fランクの仕事は早いと小1時間で終わるものあり、それだけで生きていくには数をこなす必要があります。
翌日は漁港組合からの依頼で網の作成を午前中に受け、午後は薬屋さんのお使いやらをこなします。
そんな生活を1週間ほど続けたところで、受付さんから声をかけられました。
「あのシュウさん。Eランクの仕事は受けないんですか?」
「Eランクですか?」
「はい。もう、かなりの数の仕事をこなしていただいていますし、資金も多少は貯まったと思います。こちらは消化しにくい仕事をしてもらって助かっていますけど、シュウさんがいくら若いといっても毎日働かれてはシュウさんもお疲れでしょう?でしたら、多少の危険を飲んででも…。」
「そうですね、検討しておきます。」
「はぁ…。」
受付さんは私のことを思って声をかけてくださったのでしょう。
何せ昨日辺りから私のことを便利屋と呼ぶような人が同業者が現れました。
「まぁ、お陰で見えてくるものもあります。」
伊達に官、民、法人を渡り歩いてはおりません。
幸い、昨日で漁港の網の製作は一段落付いたので、午前中に今までの仕事を改善していくとしていきましょう。
「親方、おはようございます。」
「おう、シュウ。こいつを見てくれ。」
木工所の親方とは廃材を燃料として運搬する仕事でお会いし、その際に捨てる廃材の中から気になるものがあったので話をしたことできっかけで仲良くさせてもらっています。
「お前が言うウルシだったか。こいつは面白い。この光沢は中々出せない。」
「親方の腕があってこそです。」
図書館で得た知識を使って親方が作っていた器に町を出て直ぐの雑木林に生えていたウルシに近い植物から採取した樹液を加工塗布したものです。
「それで、こんな形でいいのか?」
「はい、完璧です。」
これは、薬屋さんの軟膏入れように作ってもらったものです。
これが使ってもらえれば配達は1週間に1度程になるでしょう。
「木こりの奴等がこいつの使い道を探していたんだ。下手に切ると被れちまうから、切りたくねぇらしいだがよ。」
「それはよかった。」
「それでよ、こいつはその例だ。」
「えっ?もう作ってくれたんですか?」
「中々面白い構造だったぜ。次はもっと面白い図面を引いてくれよな。」
私は親方からそれと軟膏入れを持って1度ギルドへ戻りました。
まさか、初任給で最初に買うのが鍋とは思いませんでしたよ。
ギルドにある宿泊施設にも台所があって、そこには灰が貯められています。
その灰とウルシのような樹木がある雑木林から取れた油性の強い木の実を潰して抽出した物と水を混ぜ合わせ一緒に煮ます。
「子供の頃の実験を思い出しますね…。」
そう、石鹸…のようなものです。
流石にシャンプーやボディソープといったものはまだ無理でしょうが、寝具を洗うにはこれで十分でしょう。
夕方になれば鍋も冷えている筈です。
今のうちに残った灰が入っている壺を担いで町人組合が管理している菜園場にお邪魔します。
「こんにちは、チョウさん。」
「シュウさん。奇遇ですね。今日はどうされました?」
「この間、そこの畑の作物の出来が悪いと言われたので少し手を加えに。」
「ほう?」
出来が悪くなっているのは、土が酸性に片寄っているからで、灰を撒くことで中性に近付けてやります。
それから、土を耕して酸素を送り込んでやったから、駄目になった野菜を壺に詰め込みます。
「ごみ捨てまで…ありがとうございます。」
「はい、貰っていきますね。」
今度は漁港の端へ行って、浅瀬に石で大まかに囲った場所に野菜を細かく千切って投げ入れます。
「早く大きくなれよー。」
さぁ、昼前に戻らないと壺の件で怒られてしまうかもしれません。
何とか昼食前に間に合い、午後からはいつも通りの順で仕事を回ります。
「シュウさんー。今日もお願いしますねー。」
「先生、今度これを使ってみてください。」
「これはなんですかー?」
「もしかすると、軟膏を今よりも長期間保存できるかも知れないものです。」
「へー。それは便利そうですねー。」
天然樹脂でコーティングした軟膏入れを手渡し、様子を見てもらうことにします。
「じゃぁ、配達に行ってきますね。」
「はいー。お願いしますー。」
午後はそれから走り回り、汗だくになって帰ってきました。
「食事の前に水浴びですね。」
井戸の水を桶に入れて、そこに今日作った石鹸を少量手に取り体を洗い流します。
体を洗うのは一応外から見えないようになっている中庭のような場所で、男女の敷居はありません。
もっとも、今使っているは私1人ですが…。
購入した中古の衣類に着替え、部屋から例のものを持ってきます。
「さっぱりしました。さて、食事前に洗濯もしてしまいましょう。」
親方に作ってもらったのはクランクのようなものでその先に付いているハンドルを回すと桶の中の部品が回転するという簡単な仕組みです。
ですが、それを見ただけで作ってしまった親方の技術には頭が下がります。
鍋の次は桶…何でしょう、独り暮らしの最初の頃を思い出します。
洗濯用の桶の中で今まで着ていた衣類が水の中を泳ぎます。
排水はぼっとん便所に流します。
これは定期的に業者が回収に来ますが、その従業員は奴隷だそうです。
下水道のような物を作るには町が出来上がっていますし、せめて臭い消しや浄化槽とポンプなんかができると楽になるのでしょうが…。
今度、親方に他の親方を紹介してもらいましょう。
綺麗になった状態で食堂に向かい、今日の夕食を自分でよそいます。
「おい、便利屋。」
若い冒険者の集団の1人に声をかけられました。
「…。」
こういうのは反応したら敗けです。
以前にもこういうことは良くありましたし、後から思えば、過敏に反応して人生で痛い目を見たではありませんか。
「…ちっ。無視してんじゃねぇ!!」
長机を蹴り上げられ、食べかけの今日の夕食がその反動で顔にかかります。
「へっ、無視するからそうなるんだ。どうだ?糞マジィ飯が多少マシになったか?あん?」
顔にかかったスープを拭います。
温くて逆に助かりました。
普通でしたら顔面火傷です。
「ちっ!この野郎が!!」
「!」
ボゥさんが遠目でこちらを見ています。
それには気付かず、怒鳴り声を上げていた男がついに剣に手をかけました。
冒険者同士のいざこざにギルドは基本不介入ですが、ギルド内での武器の使用は厳禁で使用したならそれ相応の処罰があります。
それを無視しての剣を振り下ろし、その力加減は直前で止めるつもりだったのが見てとれます。
…遅い。
現代剣道で高速化された動作を見慣れたこちらからすれば緩慢でしかたありません。
…まぁ、魔物というものと戦っているであればその動きにあった動作になるのは仕方ないのでしょうが。
それでも、私に一呼吸付かせるだけの時間を与えたお前が悪い。
「ぐうぇっ…。」
振り下ろしをかわしながら、カウンター気味に喉に入った左の肘により壁まで飛んでいきました。
距離にして4、5メートルほど。
今まではこんな膂力はありませんでした。
以前は全力で3メートルといったところですが…今は呼吸のみ、どういうことでしょう?
残った冒険者の集団はどうするのかと見ていたところ、残りも武器を抜いてしまいました。
自分達が吹っ掛けておいて、逆にやられたと風評が立つことでも恐れたのでしょうか。
…全く馬鹿馬鹿しい。
巻き込まれるこちらの身にもなっていただきたい。
呼吸が整ったなら、次は歩法です。
それは、体を望んだ位置に置く手段ですが、意識するだけで相手の視界や意識から消えたりすることもできる技術です。
足の置く位置こそが打撃にとって軸であり、要でもあります。
ましてや、武器を持って間合いを広げた相手にとってその内側は無謀な状態であり、動作の遅い彼等は私にとっては現代の日本の暴漢よりも驚異は低く見えました。
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