第2話
オオギシュウサク。
家族、親類無し。
18歳で就職するまで目立った経歴はなく、35歳まで在籍した警察では訓練でも手を抜かず、キャリア組を格闘訓練で大怪我を負わせたことから壊し屋の異名で呼ばれるようになる。
事務処理能力でも高い評価を与えられるも壊し屋の名が消えることはなく、経歴の大半を交番勤務で過ごすこととなった。
半年毎に異動するせいもあり、殆どの同僚は距離をとった。
だが、彼の仕事は事情を知らない後輩達の目に入る。
開かずの台帳の更新、新人が行わなければならい日常業務の効率化、旧時代的な書式の編集等半年間で他の業務を行いつつ残している。
地味な仕事ではある。
それをどの交番に行っても彼の名前が出てくる事で事情を知らない者達から尊敬の眼差しを密かに送っていた。
その為か、表立っては応援できないものの隠れたファンが多くいた。
30才の時、彼に転機が訪れる。
2年交際した恋人と婚約し、同年出産の予定があった。
また、同年海道正男が率いる違法薬物グループ
のバイヤーを巡回中に現行犯で逮捕した。
そして、結婚式の当日。
報復として薬物中毒者が大型トラックで式場へ突っ込み、多数の死傷者を出す事件となった。
彼自身も左目の視力を喪失し、全身打撲、骨折数ヵ所の大怪我を負って、長期間の入院を余儀無くされる。
その入院中に海道正男が何者かに暴行を受け、街中で確保される事件が起きた。
怪我から復帰し、現場に出たオオギシュウサクが知らされた事柄は2つ。
1つは海道正男の逮捕され、別の罪で収監、終身刑が言い渡される見込みだということ。
もう1つは、式場に突っ込んだトラックの運転者がバイヤーの現行犯逮捕時に客としてその場にいた男だったということだ。
その男は所持品の検査や尿、血液検査にも引っ掛からず、未使用者として解放されていた。
やり場のない感情が彼に蓄積されていった。
それから5年間、それまで転属願いはおろか、自己申告にも強い希望を出して来なかった彼が四課、すなわち暴力団の取締りに従事したいと申し出ている。
しかし、これは通ることはなかった。
本人も覚えはないし、無理なことではあるのたが、彼の入院中に海道を襲ったのではないかと上層部が疑っていたことが大きいな要素だった。
それは以前の異名からくる妄想に近いものだったが、上層部にこびりついたトラウマは10年以上年月でも拭われていなかった。
その後、35歳で以前の上司から誘われて警備会社に転職する。
高い事務処理能力を買われての事だった。
それから10年、大きな出来事は起きなかったが、とある護衛の仕事でオオギシュウサクは運転手として従事した。
その依頼主は暴力団から資金を奪い、それを持って海外へ逃亡するため空港へ向かっていた。
その運転中に高速道路上でその暴力団の襲撃があり、結果から言えば護衛対象が重傷、護衛部隊の7割が1ヶ月以上の入院、襲ってきた暴力団構成員は9割が警察病院で余生を過ごす事となった。
彼自身も左足を膝から下を失い、内臓も損傷する。
この依頼は当時の警察幹部が裏金で依頼が通っており、揉み消しの件も兼ねて新しい戸籍と共に仰木修遡と名を改め、過去の清算を行った。
その後、最後の職場となる書籍電子管理会社に仰木修遡として就職後、因縁の相手である海道正男と再会し、相手が持ち込んだ毒ガスによって波乱の人生を終えた。
パタン。
「いやはや、中々面白い人生を歩んでいるね。」
人の経歴を本を読むように口にしていたと思うと真っ暗だった部屋に灯りがついた。
目の前にいた男は手に持っていた本を豪華な机に置いて、視線をこちらに向けた。
「さて、仰木修遡さん。それとも柳…。」
「仰木修遡です。その名は捨てました。」
「それは失礼。」
大企業の社長室のような部屋にいるのは、私と青年実業家のような細身の男と脇に控える強面の男の3人です。
「仰木さん、死に行く貴方をここに招いたのはしてもらいたい事があるのです。」
「…。」
死に行く…たしかに、結果的にあの手のガスを大量に吸引しましたからね。
即死しなかっただけでも運が良かったのでしょう。
「おいっ!!何を黙っている!!」
「…何を勝手に口を開けている。私は彼と話をしているんだ。余計な口を開くな。」
「はっ、はっ!」
「全く、大神の奴は何をやっているだか…。」
「…。」
どうにも彼らの力関係がわかりませんね。
強面の男は明らかに不満を溜め込んでいるようです。
それを青年は知らずか、無視しているのか私に視線を戻した。
「無駄な時間を使ったせいで詳しく話す事ができなくなった。端的に話せば、これから行って貰いたい世界に異物が入り込んだ。それを排除して貰いたい」
「異物、ですか。」
「そう。異物だ。」
「何故、年老いた私に?」
「誰でも良いというわけではないよ。ただ、行って貰うなら面白い人材が望ましくてね。それとその世界には、君が若かりし頃に時間を費やしたものに近いところだ。理解度が高い方のも考慮しているよ。」
「お聞きしたいことがあります。」
「1つなら。」
「報酬は何でしょうか?」
「なっ…。」
「君が手に入れられなかったもの。それを手に入れる機会というのはどうかな?」
手に入れられなかったもの…か。
「わかりました。それで手を打ちましょう。」
「き、貴様!先程から聞いておれば言葉遣いといい、態度といい、不敬であるぞ!!」
青年の空気が変わった。
それは、我慢の限界といったところだろう。
「只今、戻りました。」
「…ああ。首尾はどうかな?」
「滞りなく済んでおります。」
「仰木さん。彼女は俺の代理のような立場でね、もし何かあったら気軽に頼ってほしい。」
一呼吸おいて青年が立ち上がる。
「では、そろそろ時間だな。」
「大したお構いもできず申し訳ありません。」
「いや、いいよ。…そうだ、大神。そいつ、いる?」
「!?」
「は、はぁ…。つい最近まで英雄として名を馳せていた者の中から信仰心の強いものを召し上げたのですが…。」
「うーん、信仰心ねぇ…。」
「貴方様が必要とあらばお使いください。」
「うん、そうするよ。…ちょっと時間もなくて彼の器を見繕えなかったからさ。」
青年は視線は男をそれだけで殺しそうなものだった。
男もまたその視線に捕まって身動きが取れなくなっているようだ。
そうしているうちに男の体の輪郭がぼやけ、光の球体に変貌した。
「じゃぁ、仰木さん。よろしくお願いしますね。」
光に呑み込まれるように視界が真っ白になると私の意識は一時途絶えた。
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