コンバーディジョン
@96culo
第1話
これは、輪廻の環より外れた魂の物語。
「見付けたぜぇ…仰木修遡。」
「海道正男…随分と懐かしい顔です。その名を知っていると言うことは調べは付いていると言うところですか…。脱獄したと聞いておりましたが、退職した私のところに来るとは思いもしませんでした。」
「なんでぇ…こっちは20年お前のことを忘れたことはなかったってぇのによ。」
「私も忘れてはいませんでした。2度と会いたくはありませんでしたが。」
私、仰木修遡(おおぎしゅうさく)が今の勤務先である図書館で作業していると若い頃に面識のあった犯罪者が訪ねて参りました。
彼は海道正男。
元指定暴力団構成員であり、私が交番勤務をしていた頃に違法薬物の取引現場で現行犯逮捕した男です。
「…あと10年で年金を貰える歳になるのですよ?こちらは貴方の同僚から執拗に報復を受けたというのに…まだ足りないのですか?」
「ああ。お前をきっちり殺すまで俺の気は晴れやしねぇよ。」
「こんなロートルを相手に息巻かれても困りますが…。」
周囲を速やかに見渡すとまだ若干来館者が残っている。
現代の図書館は昔と違ってデジタル媒体を使い、オフラインネットワークで本を読む仕組みに成りつつあり、私はその処理を行う業務でこの図書館に出向していた。
これは、初動が重要そうですね。
「おっと、動くなよ。」
彼が持つ手提げ鞄に何か仕込みがあるようだ。
「お前に拳銃が通用しないのは俺がよーく知っているからな。ちょっとした仕掛けを用意したぜ。」
「過大評価です。昔のようにはもう動けません。」
見せ付けるような動きで生じた鞄の変化から複数の小瓶状の容器が入っているように見えた。
…中々用意周到のようですね。
「なるほど、ガスですか。それも合成化学ガス。混合されれば、この部屋での生存は絶望的でしょう。」
「そこまでわかっているなら、話ははぇえ。要求はここにいる客をお前が捕まえて、警察に通報しろ。一人頭身代金は一千万円。それをデジタルマネーで指定口座に送金させろ。」
「………やれやれ。」
「さっさと、しねぇ!?」
彼には私の姿が消えたように見えたことでしょう。
一歩で踏み込んだ後に膝を彼の胸に打ち込むと片側の肋骨を折った感触が膝に伝わります。
「一発芸のようなものですが、初めて見る分には驚くものでしょう?」
「ば、バケモンが…やつらに聞いていたよりもはぇえ…じゃねぇか。」
彼の話を聞き流しながら鞄を奪い取り、中身を拝見すると予想通り、2種類の小瓶が入っていました。
「貴方、これをどこで?」
「…へっ、そんな、心配をしている場合か?」
………パリンッ。
鞄の中で小瓶に仕掛けられた火薬が炸裂し、鞄内で薬液が混ざり合いガスが発生すると我々の周囲を包み込む。
「ぐっ………。」
軽く吸い込んだ彼は失神した。
直ぐに息を止めたが、皮膚から急速に毒が入っているのか、痺れて感覚を失いつつある。
…どうにも、助かりそうにありませんね。
「毒ガスです!!逃げてください!!」
大声で周囲から人を遠ざけるように館内から残来館者を逃がした。
その間にもガスは確実に体を蝕んでいく。
視界が急速に暗闇に包まれていき、思考が速度は低下してく。
四肢の感覚は既になく、立っているのか倒れているのかも定かではない。
………ここまで来れば、吸っても吸わなくとも変わりませんか。
最期に一息息を吸い込むと肺細胞が残らず死滅した。
それでも、最後のあがき程度の酸素は取り込めたが、酸素と共に毒性が身体を急速に蝕んでいく。
それでも…それでもだ。
1番近くの隔離スペースだったトイレに何とか辿り着いた。
近年、災害時の対策として、一定の大きさを越える建物のトイレは区画され、火災や地震時に脱出口としての役割を持つようにされている。
その為、気密性が高く、換気の路線が他と違う作りとなっているのが幸いした。
後は…任せましたよ…。
私の約50年の人生は不本意ながらトイレの中で毒ガスに包まれて終わるという不本意な終わりとなった。
「TXガスだそうです。」
「…聞いた。除染作業が終了まで付近は閉鎖だ。」
「あの警部、どうかしましたか?」
「…すまんが、しばらくここを頼む。」
その日の夜、とある町で起きたガス事故による死者は1名と報道された。
当初、毒ガスやテロと報道されたが、可燃性ガスの漏洩による事故と訂正されて報道が行われた。
死者の氏名は公開されなかったが、報道当初に公開された監視カメラの映像から海藤の名前がネットワークの世界で取り立たされ、過去の事件の関連性やあることあらないことが談義されしばらく賑わわせる事となった。
そして、この一連の報告書や報道の中で仰木修遡という男の名前が出ることはなかった。
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