第11話 アイラの独り言
―アイラ―
あ、ヤバいなと思ったときにはもう手遅れだった。
”ファーム”スキルが、種を生み出すときだけでなく、植える時にも体力を消耗するというのは盲点だったわ。
声を上げる間もなく体から力が抜け、意識が闇に落ちて夢を見る。
高等部から編入した女子校では、女の子同士の『恋人ごっこ』なんてものが流行っていた。最初は驚いたけど、自分には関係ないことだと思ってたのよね。そんな中、レイちゃんに告白されて付き合い始めたのは、二年に上がってクラスが同じになってからだから、割と最近の話。
今でも不思議なんだけど、レイちゃんはなんであたしを選んだんだろう?
あたしみたいに小柄で、可愛い系の子はもっといっぱい――それこそ、あたしよりずっと性格のいい子だっていたのよね。
レイちゃんは、一見、人懐こい性格だ。女の子が欲しがる甘い言葉を気軽に囁いてくれる上に、中性的で涼し気な美貌。『恋人ごっこ』のお相手としては大人気だった。
中には本気で入れ込んでる子もいたけど……大概は一時の遊び相手ね。
レイちゃんも、本気の子をお相手に選んだことはなかったそうだし、遊びだったんだろうと思う。でも、本気の恋のお相手を見つける気なら、よりどりみどりだったはずなのよね。いや、そもそも『恋人ごっこ』を始めてから知ったけど、婚約者もいたんだから本気であったはずがないか。
それはそれとして、レイちゃんはあたしが面白半分に『恋人ごっこ』を了承しなければ、こんな事に巻き込まなかったんじゃないだろうか?
バンガローに向かう途中で落っこちた時だって、不安定な場所に不用意に手をついたあたしが馬鹿だったのに、わざわざ助けようとして――こんな、訳の分からない状態になるのなんて、あたしだけで良かったのに。
なにはともあれ意識を取り戻してから、あたしはまっさきに”検索”でこの世界について調べた。
ここは”浮島諸島”という、沢山の大陸が浮いている世界。
太陽を中心にして、その周りを回っているらしいから、ある意味では太陽系に似ていると言えなくもない。
”落人”についても、調べた。
文字通り、他の世界から落っこちてきた人のことで、元の世界から”浮島諸島”へやってくる過程で一度、死ぬ。
”浮島諸島”で生きていけるように、再構築を行うための処理らしく、その時に前の世界での経験をスキルとして付け足す――知覚出来るようにするって方が近いかも。
あたしの場合は、”算術” ”細工” ”裁縫” ”木工”が経験に基づくスキルね。
スキルを付けたら、その後は持ち物と一緒に適当な場所に放り出す。
放り出される場所はランダムだけど、最低限安全な
あたし達の場合、あの穴蔵ね。
持ち物は、所有者がこの世界に不適当なものに触れた時点でスキルや魔法に変換される。プラホがその不適当なものに該当したみたいで”ファーム”や”錬金術”の出どころは、多分ゲームアプリから。
食料を作れる”ファーム”にしろ、色々な道具を生み出せそうな”錬金術”にしろ、あたし達がこの世界で生きていくためには必要不可欠な代物だと思う。
そして、『落人』はスキルや魔法の習得が早く、成長率が元々この世界に生まれた人よりも高いらしい。新しく覚えやすく、習熟しやすいってことよね。
重点的に鍛えるためにも、体力を増やす方法をレイちゃんにも教えないと……
「――ラ。ア――ラ。アイラ」
何度も何度もあたしの体を揺さぶりながら、名前を呼ぶ声が聞こえる。
なんだか、ものすごく疲れていて体がだるい。
頑張って目を開けたのは、レイちゃんの声に不安そうな響きが混ざっていたから。
「ああ、良かった。アイラ……」
ひどく重たい瞼を押し上げてやっとの思いで目を開くと、レイちゃんが心配そうに覗き込んでいる。
今にも泣きそうな表情だ。
ずいぶんと心配、掛けちゃったみたい。
「ごめん。スキルの使いすぎ……」
「うん。”検索”さんに教えてもらった」
そう言いつつ、レイちゃんは無理してるのが分かる笑みを浮かべる。
きっと、ものすごく不安だったんだ。
「あたし、どれ位の間倒れてた?」
「大体、二時間位かな」
あたしが倒れてる間にレイちゃんは、あれこれ試してみたらしい。
レイちゃんが、あたしが倒れている間にやってたのは、火魔法の練習と出口の拡張工事、かな?
天井の近くに火が燃えているのが見えて、ちょっとびっくり。大して広くもない穴の中だから、火があるだけで随分と暖かく感じる。
出口も順調に掘り進められているし、見える範囲は通り抜けがしやすそうだ。
「なんか、”検索”さんによると魔力とか体力を使い切ると強制的に寝ちゃうんだって。私も、後一回火をつけたら倒れる予定」
「え。あたし、どっちに突っ込めばいい?」
『さん』付けされてるスキルの方?
それとも、倒れる予定の方?
「いや……疑問に答えてくれるから、なんか呼び捨ても落ち着かなくって」
「そういう方向なんだ」
それで『さん』付けするなんて、レイちゃんらしい。
そう思ったら、ちょっと笑ってしまった。
「そんなに、笑わなくてもいいじゃない」
イジケルふりして言いながら、レイちゃんもクスクス笑う。
――こんな、ことになるのは自分だけで良かったなんて、やっぱり嘘。
レイちゃんが一緒で、本当に良かった。
その後、”火魔法”を一回使って昏倒したレイちゃんの代わりに、出入り口の拡張工事をがんばりつつ、あたしも”水魔法”の練習をしてみる。
だって、レイちゃんが必死に出入り口を広げようとしてた理由。
『トイレ』と『雪』が目当てだって言うんだもの、頑張らなくっちゃ!
『雪』は溶かせば水になる。
”水魔法”が使えるようになれば必要ないかもしれないけど、飲用には適してない可能性もあるし、そうでなくとも生きていくのに重要なものだよね。
『トイレ』は……うん。
穴の中は狭いし、中でするのは色々とアレだ。
専用の場所を積極的に設けるべきです。
それはそれとして、未だ、自分の変化に気づいた様子がないレイちゃんだけど……
流石に、トイレに行けば気付くわよね?
自分が男の子になっちゃってるってこと。パニックになりそうで言い出せずにいるんだけど、むしろトイレに行く前に教えてあげた方が親切かな?
ちょっと、悩ましい。
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