第10話 トーチ

 なんで、どうして!?

アイラに這い寄り、その体を引き寄せる。

モコモコに着ぶくれしていて分かりづらいけど、あったかい。


――息は?


 口元に耳を寄せてみるけど、自分の早鐘を打つ心臓の音が邪魔で呼吸音は聞こえない。脈――軍手をめくり、細い手首をに指を這わせながら、脈打つ場所を探す。ソレが見つけられないのは、焦っているせいか、それとも――心臓が止まってしまっているから?


――アイラが死んじゃってたら?

  どうしよう!?


「アイラ、アイラ!」


 呼びかける自分の声が、ひどく遠い。ただでさえ薄暗く感じる穴の中が、より一層暗くなったような気がする。


――どうしよう?

  どうすればいい?


”個体名アイラ、は、体力、の、枯渇により、強制睡眠に移行中です”


 

――きょうせい、すいみん……


 頭の中に響く”検索”のアナウンスに、絶望に暗くなりかけていた思考が止まった。


――強制、睡眠?   アイラは、眠ってるの?


”強制睡眠、に、よる、体力、の、回復中、です。一時間後、に、一割、回復するまで、の、間、目は、覚めません”


 その告知に、アイラを抱えた腕から力が抜け、彼女の体が膝の上から僅かにずり落ちる。


――……死んだかと、思った。


 とりあえず、やりかけだった横穴を掘り広げる作業は中断して、アイラを横たわらせる。まずは体が冷えないように、エアークッションにお尻と背中が乗るように横たわらせてから、ひざ掛けとバスタオルを掛け、ブルーシートで軽く包む。

ハンドタオルを入れた巾着袋を、枕の代わりにしよう。


――早く、目が冷めてくれるといいんだけど……




 穴掘りを中断したら途端に寒さが襲ってくる。やっぱり、多少なりとも体を動かしているってだけでも、体温保持には有効なのかな?

アイラを包んだブルーシートの中に少しお邪魔させてもらいつつ、何かやれそうなことを考える。寒いし、多分、目を閉じたら寝てしまう。そうしたらそのまま、アイラと一緒に永眠コースだろうか?

その妄想にはちょっと憧れるけど、アイラを道連れにするのは嫌だ。

スキル関係は、なんとなく使うのはまずい予感がしているから使わない方向で。

特に”検索”さん。

無意識に質問してしまっているのか、少し、体力を消耗した感覚がある。意識せずとも、スキルとして使ってしまってるのかもしれない。

だから、質問事項を考えるのはナシだ。


 そうなるとやれることって、魔法一択になるわけだけど……

私が使えるのは光魔法の”ライト” ”エリアライト” ”フラッシュ”と、火魔法の”トーチ”の四種類だったっけ。

”エリアライト”は、暗くなってから掛け直せばいいよね。薄暗く感じるのは、壁の色とか、凹凸の多い穴の中だっていう要素が原因だろう。

”トーチ”は火だから、暖かくなるかもしれないし、コレを試してみよう。

念の為に可燃物から離れて軍手やゴム手袋を外して、早速実験です。


「”トーチ”」


 声に出して唱えてみたのはなんとなくで、特に理由はない。強いて言うならそんな気分になったからだ。

……いや、黙っていると眠くなるっていうのもあるかも?


 ところで、『火を点ける』という説明でイメージしたのは、ライターやマッチでよく見る、指先程度のサイズ。だから、実際に現れた火が大きくてビックリした。


――え?

  手のひらに乗るくらいのサイズって、大きくない??


 具体的にいうなら、大体十センチ前後なんだけど――手の上に乗った火からは、残念なことに熱を感じない。

『火を点ける』という簡潔な説明から、十秒かそこらで消えるんじゃないかと思ってたんだけど、思いの外、長く燃えている。

ずっと手に乗せっぱなしもなんだからと、適当なところにペイッと放り出してみると、なんか、壁の真ん中に張り付いた。

ちょっと、場所的にナンでアレな感じです。

投げる前には熱を感じなかったから移動しようと手を伸ばしてみる――今度は熱い!


「さっきまで平気だったのに……」


 ”トーチ”の火に手を近づけたり遠ざけたりしながら、本当に熱が発生していることを納得すると、頬が緩んでくる。これで、最低限の熱源は確保出来そう。

もしかしたら、”トーチ”で生み出した火は、手の上にあるうちは移動可能だけど、一度どこかに設置してしまうと、そこからは移動できない感じなのかもしれない。


 なにはともあれ、多少の暖を取ることはできそうだという見通しに嬉しくなって、実験がてら穴の中のあちこちに火を設置していく。

壁、オッケー。

天井、オッケー。

不思議なことに、特に支えがなくても落っこちて来る気配はない。

現状、火を乗せておけるようなものがないことを考えると助かるかも。

ふと、水の中はどうだろうと思い立ち、飯盒の中に水筒の麦茶を注いて、その中にも投入してみる。

ジュっと音を立てて、あっという間に鎮火した。


――流石に無理か。


 水中で燃え続けてくれたら、お湯を沸かすのが楽だなーと思ったんだけど……


 とりあえず、奥の方の壁と天井に九個の火の玉をくっつけて様子見です。

”トーチ”の火がどれくらい保つかが分からないので、ぴったり一分ずつずらして置いて実験してみる。何度かやった結果、十個目を点けると最初の火が消えるみたい。

そんな訳で、火の玉の寿命は十分間。

スキル”時間感覚”のお陰で、時間の調整がビックリするくらいに楽ちん。体力の消耗もないし、こういう実験をする時には凄く助かるね。ご飯を作るときのタイマー代わりにも活用できそう。

それはそれとして、アイラが倒れてから一時間が経つ。そろそろ目を覚ましてもいい頃合いだし、魔力が尽きる前に彼女を起こして、私も仮眠を取らせてもらおう。

魔力と体力の、どっちを使い切るのが良いのかも相談したいし。

 

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