第4話 ウサギの穴

「外、どうだった?」


 穴に入っていく姿を見送ってから大分経った頃、やっとアイラが帰ってきた。

新しく私が灯した”ライト”があるから、明かりは二つ。

狭い穴の中が随分と明るくなった。


「外、真っ白」


 私の問いに返ってきたのは、困った顔と短い返事。戻ってきた穴をチラチラと見ながら、アイラは寒そうに腕をさすっている。

――寒いのかな? 寒いんだよね?

 手を伸ばして、そっと頬に触れてみると、彼女の頬は氷のように冷たい。ここだってお世辞にも暖かいとはいい難いけど、外は相当寒いみたいだ。


「カムカム」


 ちょっとだけの下心を抱えて、膝抱っこ出来るように姿勢を変えて両手を広げる。そうすると、彼女はいそいそと私の腕の中に収まり、身を預けてきた。

アイラ、小さい。軽い、柔らかい! それから――


「――ひゃっこい!!」


「レイちゃん、あったかいー!!」

「なんでこんなに冷たくなってるの!?」


 少しでも無駄なく体温が伝わるように、ギューッと抱きしめて訊ねる。だって、穴に入っていってからの時間って、長くは感じたけど十分もなかったはず。

こんなに冷えてるなんて、ちょっとおかしい。私が冷え切った手をとり、さすり始めると、アイラは外のことを話しはじめた。


「とりあえず、穴の外は一面の雪景色でした」

「……夏、だったよね?」

「あっちは……かなぁ」


 あっち・・・という言い方に、心臓が嫌な音を立てる。夢うつつに聞いたという声が頭の中に浮かぶ。

”落人の存在を確認しました。落人の受入処理をはじめます”

あれって、夢ではなかったってこと?


「”落人”って声がしたから、多分、あたし達はウサギの穴に落っこちたんじゃないかと思う」


「ウサギ?」


「んー、『異世界』に落ちたって解釈してくれればいいわ」


「『異世界』……」


 アイラの言う『ウサギの穴』は、どうやら有名な童話からの引用らしい。ネタバレしてくれないとちょっと、分からないよ。 まさか、自分がそんな奇天烈な体験をすることになるとは思わなかったと思いつつ「そっか」と呟く。

いや、でもアリスなら、お話のオチが付いたあたりで目が覚めるオチだよね?


「意外と冷静?」


「ううん。思考停止中」


 腕の中から見上げてくるアイラが可愛いって考えて、現実逃避する程度には思考放棄してる。


「むしろ、アイラの方が冷静だよね」


「冷静というか、考えても仕方がないことは考えない」


「考え方が男前!?」


 確かに、考えてもどうしようもないんだけど、なかなかスッパリと切り捨てられないもんだよね。


――でも、考えない・・・・か。……それって、考えたら辛くなるから?


 フッとニヒルな笑みを浮かべてみせるアイラをギュッと抱きしめる。


「私も、いるから」


――うん。私も、一人じゃないから大丈夫。アイラがいれば、それで十分だ。

どうせ、もう、会いたいと思う人には会うことはしないって決めてある。物理的にも不可能になっただけで、会えないことには何の代わりもないもの。平気。






 しばらくしんみりとした後、私も外を確認しようとしたものの、穴が狭くて通れない。コレにはちょっと困った。外よりはずっとマシみたいだけど、ここだって結構寒いんだもの。トイレに行きたくなったらどうしよう?

掘り広げて、出られるようにしか無いよね。

なにはともあれ、それは後回し。まずは、現状を確認する必要がある。


「まあ、二人して同じ夢を見てるってオチもあるかもしれないわよ」


 というのがアイラの言い分だ。本人が、欠片もそれを信じていないのは分かったけど、口には出さない。

藪をつついても良いことはないのです。


 お話し合いの前に、まず最初に行うのは手持ちの食料の確認。

主におやつの確認……だと思う。

食料、大事だよね。


 私が持ち込んでいるのは、まずはお昼用のお弁当。

学校に行くときなら巾着袋におにぎりだけど、今回は機能性を優先して飯盒を二つ。四合炊ける大きな方にご飯を、おかずは普通サイズの方に詰めてきた。

お昼のご飯はさすがに四合じゃ多い。残った分は夜に回すつもりだったんだけど……

こうなってみると、支給されるご飯だけじゃ足りないかもしれないと思って入るだけ炊いた朝の私、グッジョブだ。

……夜の分しか余分がないんだけどね。


 それから、お米を5kgと折りたたみ式のストーブ。

おにぎり用の藻塩とミル付きの岩塩に、ふりかけを二種類。

そしてマイスパイスセットだ。

それから、サキイカとジャーキー三種にドライフルーツの詰め合わせ1kgずつ。

それからそれから――


「レイちゃん……」


「うん?」


 更に中身を取り出そうとしたところで、アイラが私の荷物を見ながら呟くように名前を呼ぶ。なんか、困惑した表情なんだけど……忘れ物でもあったんだろうか?


「なんで、生米?」


「林間学校で支給される分じゃ足りないから。こう……自助努力?」


 質問に答えながら、私はコテンと首を横に倒す。


「え? 人数分にちょっと余裕を持って支給されることになってたよね」


「そうだけど……一食で二合は食べるから、足りないかなーと思って」


「……二合!?」


 驚きの声を上げるアイラに、私は頷きつつ説明を続ける。


「実は、私。ものすごーく燃費が悪いの。大量に食べる人なんです」


 いつも、アイラとお昼を食べる前後に、ひっそりとおにぎり追加してました。

こうね? 大食いがバレるのが、ちょっと恥ずかしかったのだ。

だから、彼女と食べるときには、普通の女の子が食べそうな量に抑えてた。それでも、アイラが持ってくる量よりも多かったんだけど……まあ、違和感のない範囲で。


「え、でも、材料があっても調理道具足りないよね??」


「お弁当箱の代わりに飯盒に詰めこんできたから大丈夫。調理は出来るよ」


 ちゃんと、固形燃料とそれ用の折りたたみ式のストーブも持ってきてある。


「数にも量にも限りがあるけど――私が少し我慢すれば、五日位は保つんじゃないかな?」


 そう説明すると、彼女は少し安心したようにかすかな笑みを口の端に浮かべる。問題は、追加の食料が調達できるかどうかなんだけど――何かが見つかるのを期待するしかないよね。


――私はどうでもいいけど……ともかく、アイラの命はなんとか繋がねば。


 ひっそりと、私は心の中で決意を固めた。

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