第3話王太子フェリクス視点

「この不忠者が!

 己のしでかした事、理解しておるのか!」


 父王が激怒している。

 俺と違って普段温厚な父王が、ここまで怒るとは思っていなかった。

 確かに癒しの力を使える聖女は大切な存在だろう。

 危険な魔境やダンジョンの狩りでは、聖女がいるかいないかで死傷率が大きく違ってくる。


 それに、いざ戦争になった場合も、将兵の安心感が違うだろう。

 だが、俺のような強者には、絶対に必要な存在ではない。

 戦いで死傷するような、弱者のための存在でしかない。

 弱者にはもてはやされるが、しょせんその程度の存在だ。

 それよりは、戦力も経済力もあるハワーデン公爵家の方が、大切だと思うのだが。


「しかしながら陛下。

 いと尊き王家に平民の血を加えるなど、建国王に申し訳ないのではありませんか?

 娘も王家の血統を尊んだがゆえの行動でございます」


 グッワッシャーン!

 

 なんと?!

 父王がグラスを投げつけるだと?!

 投げつけられたグラスを顔に受けたハワーデン公爵が、血塗れになっている!

 これは、相手が家臣といえども、あまりに無礼過ぎる。

 これでは、ハワーデン公爵が父王弑逆や謀叛に走ってもしかたがないぞ。


 なんたることだ!

 父王の顔が真っ赤ではないか?

 眼が血走り、怒りのあまり全身がブルブルと震えている。

 いったい何が、父王をここまで怒らせたのだ?


「お前になにが分かる。

 お前に建国王陛下の何が分かる。

 建国王陛下から、神々との契約を伝えられているのは余だけだ。

 王太子であろうと知らせる事のできない、余しか知らない秘中の秘だ。

 その余が、平民の聖女を王太子の婚約者に選んだのだ」


 地獄から響くような、悪鬼羅刹の声かと思われるような、呪いが込められた言葉に、さすがの俺が寒気を感じてしまった。

 父王の暴挙に一瞬剣に手をかけたハワーデン公爵が、その姿で固まって動けなくなるくらい、異様な声と表情をされている。


「アルテム」


 名前を呼び捨て?

 この国で一番力を持っている貴族を、建国当初に王家から別れた名門公爵家の当主を呼び捨てにするとは、いったいどれほどの怒りなのだ?


「お前の娘は、聖女殿にケガをさせられたそうだな。

 だったらお前の事だ、あらゆる手を尽くして治療しているな。

 自分のやらせた愚行がこの国を滅ぼすという事を、思い知るがいい。

 フェリクス!」


「は!」


「一刻も早く聖女殿を探し出せ。

 王国軍が全滅しようと、お前が死のうと、聖女殿を助け出せ。

 肉片の一片でも構わん!

 余も前に持ち帰れ!」


 なんなのだ?!

 父王をここまで激怒させる、建国王陛下と守護神アポロン様の秘密とは何なのだ?


「近衛騎士!

 アルテムを王城から放り出せ!

 抵抗すれば殺せ!

 今死んだ方が楽であろう。

 本当は生かして地獄の苦しみを味合わせてやりたいが、抵抗するならしかたがないから殺してしまえ!」

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