第1章 その2

 私がきよてんにしているみような名前の辺境都市ユキハナは、帝国西部一帯を表す辺境領の一都市だ。

 最初に辿たどり着いた時は心底おどろいた。

 辺境領は帝国内でも田舎いなか、と聞いていたのに、ていと飛空ていで繋がっているわ、道路はきちんとそうされているわ、人は多くて活気があるわ、冒険者関連のお店も多いわ……何より食事がとても美味しい。

 王国が帝国に勝てないのはしょうがないと思う。帝都のにぎわいはここの比じゃないらしいし。

 私の住んでいた王国には田舎の一都市に空路を開いたり、道路を舗装する、という考え方はない。発展しているのは王都周辺だけだ。

 多分、それはこれから先も変わらない。

 王国を実質的に支配している大貴族達は、自分達以外の貴族や民衆が力を持つことを、ことほかおそれている。すべて大貴族の中だけで物事を決めていたいのだ。

 ……ほんと、ろくでもない連中だと思う。

 私は気分を無理矢理変え、独白する。

「とにかく、今は美味しい物を食べて、元気を出さないと!」

 宿のある小道をけ、大通りに出ると多くのぼうけん者達が歩いていた。

 け出しから、中堅。少ないけれど熟練者もいる。それを客とする屋台も多く出て賑わっていて、食欲をそそるにおいが立ち込めている。

 ジゼルから前に聞いた説明を思い出す。

『辺境都市はていこく内だと同じ西部にあって、『大めいきゆう』をかかえているめいラビリヤや、経済・政治の中心である西都トヨ、それに帝都ギルハと並んで、冒険者の数が多いんです。なので自然と商売も冒険者相手のものがさかんになっているわけです。……他の冒険者をようする都市と比べると格としては、一番下なんですけどね』

 確かにそれは分かる。辺境都市には、私もふくめて若い冒険者がとても多い。

 周囲にいるじゆうも、基本的には──時折、ちがう地方から流れて来たやつかいなのもいるけれど──戦いやすい相手ばかりだ。

 とにかく、まずはここでうでみがき、名前を売る。

 その後、迷都や西都、帝都へ移動していくのが、多くの冒険者達の辿る道らしい。

 それが所謂いわゆる、帝国にいる冒険者にとっての三大都市。


 とにかく多くのお金をかせぎたい人は『迷都』へ。

 お金以上に人脈を築きたいならば『西都』へ。

 社会的地位を得たいならば──最激戦区『帝都』へ。


 冒険者の格付けとしては、帝都にいる人達が最上位。

 次いで、西都。

 迷都は二都ほどではないものの、上位に君臨している冒険者の質では決しておとらない、と聞いている。

 勿論、帝国には北や南、東にも大都市があるけれど、鉱山都市だったり、商都だったり、軍都だったりして、いつぱんの冒険者の活動はそこまで活発じゃない。

 なので、私もいずれは三都市へ行き自分の腕をさらに磨きたい、と思っている。

 ただし、どの都市へ行くのにも、冒険者ギルドのおすみきであるすいせん状はひつだから、結局、強くならないといけないのだけれど……。

 私はまだそうぐうした経験はないものの、上位の魔獣の中には人をらい、力を向上させる個体もいるらしく、冒険者ギルドは大都市けんで仕事をするソロ冒険者を第五階位以上の猛者もさ限定、としているのだ。

 ──強くならないと、先へは進めない。

 じやつかん、落ち込みつつ歩いていると、かおじみの冒険者や店の主人から声がかかったので、手をる。

 ここに流れ着いて約二年、それなりに名前も知られるようになってきた。

 美味しい行きつけのお店も出来たし、少ないけど友人がいない訳でもない。

 今日は買取り金も手に入ったし、ちょっと高めの定食屋へ行こうと思う。

 大通りから路地へ入ってしばらく歩くと、木製の大きな看板が見えてきた。

『定食屋カーラ』

 内陸にある辺境都市でぎよかいるいを食べられるお店は少ないのに、このお店の売りはなんとかいせん料理である。

 輸送費用を考えれば、多少高くなるのも仕方ないというものだ。

 夕食にはまだ少し早いせいか、私以外に客はいないようだ。

 店先から中の様子をのぞいていると、元気な声がかかった。

「いらっしゃいませ! あ、レベッカさん」

「こんばんは。だいじようかしら?」

「はい、もちろんです! ここ最近、来られないからどうしたんだろう、って、さっきお父さんと話してたんですよ」

「この通り無事よ」

「良かったぁ」

 少し赤みを帯びている三つ編みのかみらしているこの子はカーラ。お店の看板むすめであり、店名の由来でもある。私と同い年で数少ない友人だ。

 カウンターへ通されておまかせ定食をたのむ。

「ロイドさん、何時もので」

「──ああ」

 ちゆうぼう内から素っ気ない返事。

 その時だった、店内に大声がひびわたった。

「お! レベッカじゃねぇかぁ」

 ……いややつの声が聞こえた。

 だった父を思い出してしまい、身体からだが少しだけふるえる。無視を決め込む。

「おい! 無視すんじゃねぇよ! 聞こえてんだろ!」

「……うるさいわね。お店のめいわくになるでしょ」

「やっぱり聞こえてんじゃねぇか」

 店先から、ニヤニヤといやらしい笑いをかべこっちを見ていたのは、けんかんいだかせるふんまとったひげづらの大男だった。……貴族の出、っていううわさ、絶対うそね。名前はダイソン。

 両腰にはかたおのを下げ、分厚い金属よろいを身に纏い、鎧の中央にはたいの赤い魔石がついている。

 こんな男でも私と同じ第八階位の冒険者だ。……つい先日まで第九階位だったけど。

 ──同時期に辺境都市へ流れ着いた当初、ダイソンは私をこつに見下していた。

 そのためか、私があっという間に差をつけたのをずいぶんと根に持ち、今は追いついたことをまんしたくて仕方ないようで、こうしてからんで来るのだ。

 ダイソンはにやつきながら近寄ってくると、私の許可なしにとなりへ座り、しかもを寄せてきた。嫌悪感ではだあわつ。

「ギルドで聞いたぜぇ? そろそろ第七階位かと思えば、まだ上がってないみたいだなぁ、レベッカ。ええ?」

「……あんたには全く関係ないでしょう?」

「はん! 俺は知ってんだぜ?」

「……何をよ?」

「お前は、この半年、あしみしているらしいなぁ?」

「…………」

 どうしてこいつが知ってるんだろうか?

 ギルドがらした?

 いや、それは考えづらいわね。わざわざ、しんらいほうかいさせる意味がないし。

 ダイソンが気持ち悪いねこで声を出す。

あきらめてうちのパーティに入ればいいんじゃねぇか? 俺様が、夜も含めて可愛かわいがってやるよ。どうせ、お前まだむすめだろう? なぁ? っ!」

 手をばし太ももにれて来ようとしたので、小さな火球を生み出しけんせいする。

 けれど、鎧の赤石がめいめつし火球が消えた。……うざったいっ。

 少しだけあせったダイソンだったが、すぐにニヤつく。

 私は声の震えをさとられないように、冷たくき捨てる。

「…………鏡で自分の顔を見て言えば?」

「あぁ? つけあがるんじゃねぇぞ。俺様の階位が上になった時、泣いてパーティ入りをこんがんしても──」

ぞう。うちの店で何してやがるんだ?」

 静か。それでいて、絶対的な問いかけ。

 お店の主人であり、カーラのお父さんでもあるロイドさんが、料理の手を止め、ダイソンをするどい眼光でにらみつけていた。

 手にはきよだいな包丁。浅黒い肌をした腕は丸太のように太く、きずあとだらけ。

 頭はまるりでほおにもかつてのせんとうで受けた、深い傷跡。

「ちっ……俺は客だぞ? いくらかつて高位冒険者だったからって、そんな態度をとって良いと思ってんのか?」

 視線にされ、ダイソンはいまいましそうにしながらも立ち上がる。

 対してロイドさんは包丁をようしやなくほうり投げた。

 ちよう高速でダイソンの耳元をかすめ、かべさる。いつかつ

「出て行きやがれっ! 次は当てるぞっ!!!」

 ダイソンが少しだけあおめた。

「……ちっ。おい、レベッカ覚えておけよ。お前は必ず俺様のモノになる。そいつは決定こうだからなっ!」

 そう言い捨ててダイソンは店を出て行った。ほっと、する。

「大丈夫か?」

 さっきとはうって変わって、ロイドさんがづかってくれる。

 私はうなずくと謝罪と礼を口にする。

「……すいません、ありがとうございました。流石さすがは元第三階位。あつかんが違いますね」

「レベッカさん!」

 カーラが飛びついてきた。大きく震えている。……私の身体も同じだ。

「ごめんなさい。止めようとしたんですけど、あの人、ごういんに……」

「うん、大丈夫よ。ありがとう」

じようちゃん、一ついいか」

 ロイドさんの目が此方こちらえる。そこにあるのは──うれい。

 この人からは辺境都市に来て以来、助言を受けたりしているのだ。私も背筋を伸ばす。

「お前さんは何時いつも気負い過ぎだし焦り過ぎだ。そんなじゃ足をすくわれるぞ。いい加減、ソロもキツいだろう? パーティを組んだ方がいいんじゃねぇのか?」

 私は両手をにぎりしめる。顔もきっと引きっているだろう。

「……はい。そうなのかも、しれません……。ごめん、カーラ。今日はもう帰るわね……」

「レベッカさん……」

 ロイドさんに図星を指され、私はうなれる。

 居たたまれず席を立ち、店を出た。

 ──その夜はまるでねむれなかった。

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