第1章 その1

「レベッカさん──残念ですが、能力値もりよくも上がっていませんね」


 ぼうけん者ギルドの担当職員から告げられた言葉に、私は顔をこわらせた。

 今日もなわけ……。

 らいされた数より、相当多くじゆうたおしたのに何も上がらないなんて。

 あれだけ、ほのおほうを使ったんだし、せめて魔力くらい上がってもいいのに。

 これで、もうかれこれ半年近くはあしみだ。

 ……心配そうに、担当の少女が見つめてくる。

 ていこく辺境都市ユキハナの冒険者ギルド内では一番の美人と評判の子。確か名前はジゼル……だったと思う。

 あわい茶色の長いかみが目立つ。私よりも確か二つ年上なのに幼く見える。

 いのるようににぎっていた両手をさらにきつく握りしめ、私を見ている。

 良い子なのだろう。仕事熱心で冒険者おもいの。

 ……あまりれあうつもりはないけど。

「ありがとう。何か良い依頼があったら教えて」

 私は形式的な礼を述べる。

「はい。あの、レベッカさん……あまり気になさらない方が良いですよ? そのとしで第八階位まで上られたのは本当に凄いんですから!」

「っ!!」

 歯を食いしばり、るのを自制する。

 気にするわよ! 当たり前でしょう!?

 ……私は強く、強くならなきゃいけないのだ。二度と会いたくないあの男よりも。

 この世界を一人きりで生きていくために。

 二年前、私の父親だった男に告げられた、冷たい言葉がのうよぎる。


『レベッカ、お前のこんいんが決まったぞ。例のこうしやく家だ。何だ? 不服か? 我が血族ならば宿るべきかみなりほう。その才無きお前をここまで育ててやった恩を忘れたのか? 役立たずのお前が、この王国でほかに出来ることがあるのか? 幸いお前の外見は母親に似て整っている。それくらいしか役に立たないのだから、私にだまって従え!』


 ふっ、と息を吐き、心を落ち着かせる。

 ……だいじよう。あの男のことだから私に追手を放っているのは間違いないけど、ここは王国じゃなく帝国。しかも、西南のへきだ。見つかるにしてもまだ時間はある。

 ちんもくした私にジゼルがおずおずとたずねてきた。

「レベッカ……さん?」

「え? あ…………大丈夫。気にしてないわ。私はまだ十五歳だしね」

「そ、そうですよ。はい、今日の買取り金です。少しおまけしておきました」

「助かるわ」

「あ、はい。その、レベッカさん」

「……何? まだ、何か用があるの??」

 けんのんに問い返す。

 少女が茶色のまえがみいじりつつ、躊躇ためらい勝ちに口を開く。

「前々からそうだんしていた件です。……だれかと組んでみませんか? ソロでここまでのぼられたのは、本当に凄いです。けど、冒険者ギルドとしては安全性を考えるとこれ以上は。も、もちろん、私が責任を持ってしんらい出来る方を探してきます! うできで、性格もよくて、向上心もあって、あ、あと女性の!」

「…………最初に言ったわよね? 忘れたの? 私は、ずっと一人でやるって。それがめないなら担当をわってもらって構わないわ。──前の担当者みたいに」

「……はい。で、ですが!」

「それじゃね」

「レ、レベッカさん!」

 少女の呼びかけを無視し、私はギルドの外へ。

 ……分かっている。ソロが危険なのは。

 冒険者ギルドはしっかりとした組織で、出来る限り冒険者となった人間を守りつつ、育てていくのを指針としている。

 私が知っている公的機関の中では、最もまともでたよりに出来る組織だとも思う。

 けど──無理なのだ。

 他者に命を預けられる程、私は人を信じることが出来ない。

 ……血のつながっている父親だけでなく兄達、そして、仲が良かった妹ですら私を政略けつこんに差し出すのを止めようとはしなかったのだから。


    *


 ベッドにころがり、宿の古いてんじようを見ながら考え込む。

 ──伸びなやんでいる。

 そう、自覚したのはいつだったろう。

 二回り以上歳がはなれた侯爵と政略結婚させられそうになり、王国にある実家からげ出して、帝国の辺境都市ユキハナに流れ着いたのは二年前。

 冒険者になったのは、生きていく為にはお金が必要だったのと、自衛の力を得る為で、特段思い入れはなかった。

 だけど──全てが自己責任なこの業界は、私のしように合っていた。

 幸い剣も魔法もそれなりに使えたから、階位もドンドン上がっていき、順調そのものだった。『天才レベッカ』なんて、言われもした。

 ……少なくとも半年前までは。

 私の今の冒険者階位は第八階位。正しくちゆうけんどころ。

 一流とは言い切れず、かといって二流でもなく、新米の時期は過ぎた──そんな、ちゆうはんな立ち位置。

 これで私がパーティを組んでいたのなら、第八階位というのは中々の水準で、十分戦力として期待されていただろう。

 けれど私は……単独行動を好む、ギルドが言うところの『ソロ』だ。

 冒険者になった当初は、五~八人程度の冒険者で『パーティ』を組み、大規模とうばつにも参加したものの……どうしても、めなかった。

 それは私が王国出身だから──ではないと思う。

 帝国は世界一の国力を持つ超大国。

 移民にもかんようだし、この辺境都市にも様々な国出身、種族の冒険者がいる。

 つまるところ、私自身の問題なのだ。

 私は……政略結婚の件以来、他人を心からは信じられなくなっている。

 一番仲が良かった妹ですら父親達の味方をした。どうして、他人が信じられるだろう?

 誰かと組む気がない以上、私は独りで強くなるしかない。

 ──なのに、この半年間全く階位が上がっていないのだ。

 けんじゆつやその他スキルの能力値、魔力も同様。こんなに長く上がらないのは初めてだ。

 まさか、私の限界って、ここまでなの……?

 ぎゅっと、目をつぶり、十五歳になっても、まるでふくらんできやしない胸に手を押しあてる。

(……何で、なんだろう?)

 たんれんは毎日欠かさず続けている。

 自分よりも強い元冒険者に教えをうてもいる。

 階位に合ったかいぶつとも戦っているし、格上の敵を倒してもいる。

 だけど、数値は上がらない。

 実戦経験という、見えない部分は成長しているだろうけど、やはり数字も少しずつで良いから上がってほしい。

 ……ギルドに設置されたかんてい石なんていう、はっきりと数字が出てしまう、いまいましい魔道具がうらめしい。

 とにかく、少しでもいいから上がってほしい。じゃないと──不安になる。

 実家にもどる気はさらさらない。けど、帝国内に頼れる人間もいない。

(私はもっと強くならなきゃ。そうでないと何時か連れ戻されて……)

 きつな考えが頭をよぎり、おぞが走る。

 ……ダメだ。

 今日の夕食は外で美味おいしい物を食べよう。少しは気分も晴れるだろう。

 私は所々傷んでいる髪をでつけ、ベッドから降り立ち、愛剣を手に取った。

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