第2話
彰より1列右隣り、4つ後ろの席で啓介は1人ほくそ笑む。
鞄から取り出したスマホ画面には『rinco』の文字。
かねてより、啓介は彰のスマホ依存が気に入らないでいた。昼休み中、一緒にご飯を食べるときも休み時間も、だいたい彰はスマホに目を向けている。
寂しいなんて思っているわけではないが、どうにも不愉快極まりない。
自分がスマホを購入した今、同じゲームで遊ぶことも出来るだろう。そう思いはしたが、ちょっとしたイタズラ心が啓介の中に芽生えた。
そこで、数日後にはネタばらしするつもりで、昨日、適当な偽名でIDを作った。
傍にいる、隣にいる、隣人……という意味合いで隣子に。
彰のIDは、自分の名前と誕生日を組み合わせたもので、一度、画面を覗き見した際に覚えておいた。
昨日はまったく反応がなく肩透かしを食らっていたが、今日、彰の様子を見て、このイタズラは成功だったと実感する。
1日で済ませるにはさすがに惜しい。
3日くらい続けてみようか。
昼休み、彰はいつものようにスマホ片手に弁当をつつく。
目の前に彰がいる状態ではメッセージを送ることは出来ない。
「結局、返信したの? 朝言ってたメッセージ」
「ん……してない」
彰は目線をスマホ画面から外すことなく啓介の問いに答える。
「なんで」
「なんでって。気持ち悪ぃし」
「ふーん」
気持ち悪い。不快だとは思っているようだ。
それでも、懲りていないらしい。
まだやめられない。啓介はそう決心し、スマホに変えたことを彰に打ち明けることなく、昼食を終えた。
それから3日ほど、メッセージを送り続けてみたが、彰からの返信はあいかわらず無い。
それでも、変化は目に見えてきた。
昼休み、いつもならスマホ片手に作業のように食事をとる彰が、今日は弁当と向き合っている。
「スマホ壊れたの?」
「壊れてねぇよ。……別の話しようぜ」
普段なら、急な彰の変化に突っ込みの1つや2つ入れていただろう。だが啓介は原因に察しがついていた。
監視されているかのようなメッセージを送られ、さすがに怖くなったに違いない。
もちろん啓介に罪悪感が無いわけではない。
明日には、真実を明かすとしよう。
いまは久し振りにスマホを手にしていない彰と2人、ランチタイムを楽しんだ。
その日の夜。
啓介のスマホが、メッセージの着信音を奏でる。
電話番号は引き継いでいるが、まだ誰にもメールアドレスやIDは伝えていない。
となると、考えられるのは迷惑メールか、彰からの返信。
『お前、誰なんだよ』
5日目にしてやっと届いた彰の反応に、少し気分が高揚してしまう。
いまバラすか。それとももう少し乗っかっておいて翌日バラすか。
少しだけ考え、啓介はバラすのを先延ばしにした。
『ずっと見てるよ。隣で』
意地悪かもしれないが、これが最後だ。
既読の表示がされるものの、彰からの返信はなかった。
元々、啓介はスマホに依存するタイプでもないため、それ以上深追いすることもなく、マナーモードに設定し、寝床に着いた。
翌日。
啓介は、彰の様子を楽しみに、教室へと足を踏み入れる。
バラさずこのままIDを消した方が利口かもしれない。
スマホを見ながら食事をするなんていう彰の態度の悪さも改善された。
いつか同窓会でも開いて、笑い話のネタにしようか。
そんなことを考えながら彰の到着を待つ。
だが予鈴が鳴り、担任が教室に訪れても、彰は姿を見せなかった。
ホームルームが終わったと同時に、啓介は担任の下へと駆け寄る。
「彰は、休みですか?」
「ああ。どうも体調が悪いらしくてな」
昨日は、体調が悪いというより機嫌が悪かった。理由は、例のメッセージだろう。
啓介は1人席に戻り、スマホを手にする。
体調を窺おうにも、rinkoの名でメッセージを送るわけにはいかない。
新しいメールアドレスでいきなり連絡を取れば、きっと彰は不信がる。以前なら問題なかっただろうが、散々怖がらせた後だ。
唯一知られているのは電話番号だが、授業が始まっては電話をかけることも出来ない。
一旦、連絡を取るのは諦め、啓介はもう一度、スマホを鞄へとしまった。
昼休み、さっそく啓介は彰に電話をかける。
『おかけになった電話番号は……』
どうやら電源を切っているようだ。よっぽどメッセージの受信が怖かったのだろうか。
単純にただの風邪で、偶然充電切れなのかもしれない。
それでも、心当りのある啓介は不安にかられ、帰りに彰の家へと寄ることにした。
彰の家は、高校からも近く、歩いて5分ほどの一軒家だ。
以前、数回遊びに行ったことがある。記憶を頼りに彰の家を目指すと、人だかりが目に入り、啓介は足を止めた。
人だかりが出来ていたのは、彰の家の前だった。パトカーも止まっている。
「……なにかあったんですか?」
啓介は、慣れないながらも、野次馬の中から人の良さそうな婦人に声をかける。
「どうも、自殺らしいわ」
「え……だ、誰が……」
「そこまではちょっと」
自殺なんて、他人事だと思っていた。まさか自分の友人がそんなことをするなんて、想像出来ただろうか。
啓介は、ポケットからスマホを取り出し、メッセージ画面を開く。
昨日、自分が送ったメッセージ以降、返信はない。
もし、あのメッセージを送っていなければ。
新しいメールアドレスを伝えていれば、彰からのSOSに応えられたかもしれない。
「学校でいじめでもあったのかしら」
野次馬たちが勝手なことを言う。
啓介は、そっとその場から離れ、自宅へと向かった。
「はぁ……はぁ……」
走ったわけでもないのに息が切れる。
ありえない。彰に限ってそんなこと。
啓介は、真相を確かめようと、彰の電話番号を表示させる。
「…………くそ」
直後、罪悪感と恐怖心にかられ、気付くとスマホの設定画面を開いていた。
rinkoのIDを消去するため、アプリをアンインストールする。
酷い頭痛に見まわれ、啓介はベッドへと寝転がった。
翌日、学校で彰が死んだと、担任からの説明があった。
周りの生徒はまだ実感がないようで、啓介もその1人だった。
担任の話が、右から左へと抜けてゆく。
そんな中、確かに聞き取ることが出来た言葉。
「不運な事故で……」
事故死。
昨日、野次馬から聞いた自殺というのは、ただの憶測だったのか。それとも、本当は自殺だけれども、事故死として扱うつもりか。
いずれにせよ、学校でいじめについてなにか追及することはなさそうだ。
こんなときですら、ほっとしてしまう自分に嫌気がさし、啓介は教科書に目を向け、現実逃避した。
いつか誰かが自殺の原因を調べにくるのではないか。
そんな不安にかられながらも、啓介は2週間ほど日々を過ごす。
数日前、線香をあげに彰の家へと向かったが、死の状況を聞ける雰囲気ではなかった。
次第に、彰の死は事故だったと、啓介の中に新たな認識が生まれた。
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