28. いざ、お茶会へ

 お茶会にはエディの恋人として出向くため、レクアル監修のもと、緻密な野薔薇の刺繍とグレーのリボンが特徴なドレスを着ていくことになった。勝負のことはエディを連絡役に、もっと早く言えというお小言を頂戴したが、その通りなので謝罪と感謝の手紙を認めた。


(なんだかんだ言って、レクアル様は面倒見がいい方よね。今日の馬車も手配してくださったし……)


 レスポワ伯爵家のタウンハウスまで馬車で揺られる間、セラフィーナは目の前の座席に座るエディにも改めてお礼を述べておくことにした。


「エディ様。ずっと付き合ってくださって、ありがとうございました。おかげさまで、ちゃんとした形になりました」

「仮とはいえ、私たちの今の関係は恋人でしょう? 遠慮しないでください。もともとはこちらの事情で付き合わせているのですから」

「そ、そうでしたね……」


 相づちを打ちながら、なんとも言えない気持ちになる。

 偽者の関係ではあるが、彼の口から恋人という単語が飛び出すのは心臓に悪い。


(うう、過剰反応はだめよ。気にしない、気にしない……)


 心を無にして、手提げ鞄に入れた完成物を手袋越しに確かめる。

 何度もやり直しをした結果、誰が見ても花だとわかる出来映えになったと思う。最初が最初だっただけに、奇跡的な上達である。それもひとえに根気よく付き合ってくれた師匠がいたからだ。

 一人だけでは到底、見せられない作品のままだったに違いない。

 ガラガラと砂利道を走る車輪の音が止んだかと思えば、座席が少し浮遊するような振動の後、馬車が停車する。馭者がドアをノックして到着を告げた。


「さあ、参りましょうか」

「……はい」


 先に降りたエディが手を差し出してくれる。その手につかまりながら、馭者が用意したステップを下りていく。

 領地のカントリー・ハウスと比べたら狭いが、左右に並んだ植木の向こう側に大きめの屋敷がある。壁にはひし形の模様がついたレンガが積み上げられ、二階にはアーチ型の窓が取り付けてある。

 白い細長いひげが印象的な老執事が出迎えてくれ、応接間に案内された。


「ただいま、お嬢様は準備にお時間をいただいておりますので、ゆっくりお寛ぎください」


 入れ違いに来た年嵩のメイドがティーセットを置いて出ていく。

 ワインレッドの縦縞の壁紙に、深緑の絨毯が敷かれ、落ち着いた内装だ。暖炉の上には浮き出し模様の飾り棚があり、横には柱の代わりに木彫りの熊が立っている。

 部屋を見渡し、おそらくお茶会の場所は別なのだろうと見当をつける。

 セラフィーナは紅茶を少し飲み、部屋に飾られている美術品を眺めることにした。離れ小島の朝日が出る風景画は優しいタッチで描かれ、海が太陽の色で染まっている。

 その横に視線をずらし、ふと壁際に飾られている金の額縁に目が留まる。

 額縁の中には銀のスプーンが一つ収められていた。丸い部分には細かい穴があり、繊細な模様になっている。見守るように後ろについていたエディが口を開いた。


「……スプーンですか?」

「ええ。これは稀少価値の高いものですね」

「初めて見ました。この模様に何か意味があるのでしょうか?」


 スプーンの柄の部分は細く尖っており、食卓に並ぶスプーンとは形状が異なる。

 エディのつぶやきに、セラフィーナは実家で覚えた知識を伝えた。


「モートスプーンといって、古い茶道具のひとつです。茶葉をすくうときにふるいにかけ、粉状の茶葉を穴から落とします。そして、ティーポットに注ぎ口の詰まりを尖った部分で取り、カップの中に浮いた茶殻をこれですくうのです。言うなれば、昔の茶こしというわけです」

「そんなに珍しいものなのですか?」

「生産されていた時期が短かったため、稀少性が高いのです。銀の茶道具の中でもモートスプーンはひとつひとつがオーダーメイド。穴の部分のデザインが違うため、コレクターの人気も高いと聞きます」


 一通り説明すると、幼い声が話に割り込んできた。


「まあ、それに気づくとはお目が高いのね」

「――カレンデュラ様」

「それは、バームリー公爵夫人から友人の証しとしていただいたものなの。さあ、お茶会の準備が整いましてよ。ついていらして」


 セラフィーナと目が合うと、つんと澄ました顔で部屋の外に出ていく。エディと視線を交わし、カレンデュラの後に続いた。

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