第11話


「一応、外向けにはお前は俺のところに嫁入りするという事になっているんだ。苗字で呼んでいたら不審に思われる。仕事だと割り切って呼べばいい」

「……分かりました」


 それなら、それで仕方ない。

 意識を切り替えて仕事として――、


「総司さん」

「なんだ?」

「冷蔵庫の中身ですけど、何も入っていません」

「……」

「……」


 二人して無言で少し見つめ合う。


「おい! 櫟原!」

「何でしょうか? お呼びでしょうか?」

「莉緒が冷蔵庫に何も入っていないと言っているぞ?」

「冷蔵庫の中身は、高槻様が店で買い物をしてくるから任せろと言っておりましたので――」

「……そういえば、そんなことを言った気がするな」

「はい。思い出していただけて幸いです」

「……」

 

 無言で私を見てくる高槻さ――じゃなくて総司さん。


「朝食は櫟原に何か買いに行かせる。食べられないモノとかはないか?」

「はい。何でも大丈夫です」

「そうか。櫟原」

「分かっています」


 すぐに母屋から出ていく櫟原さん。


「お前は境内の掃き掃除でもしておいてくれ。それと、その箱の中に仕事着が入っているから、それを着て仕事をするようにな」

「分かりました」


 箱を開けると、そこには綺麗に折りたたまされた巫女衣装が入っている。

 もちろん、白い草履も入っていて――。


「着付け方は分かるか?」

「はい」

「そうか。なら早く仕事に取り掛かってくれ」


 それだけ言うと、総司さんの視線はノートパソコンの画面に向かってしまう。

 その表情は真剣そのもので――、


「失礼します」


 私は居間から出ると自分の部屋に戻り、巫女衣装に着替えたあと母屋を出て境内へと向かう。

 そして境内を見て思う。

 境内は、すごく綺麗で掃除する場所なんてどこにもないのにと。

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