14 悪女
「ねぇよっちゃん、こんなこと…いいたくなかったんだけど……」
私は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた
よっちゃんの目を捕える
「なんだよ…」
よっちゃんは私の目を見つめ返す
ふふ、食い付いてきた
「…やっぱり、言えない…」
私は視線を思い切り背けた
「なんだよ、はっきり言えよ」
おーおー、腰を浮かすように前のめりなよっちゃん、めっちゃ餌に食い付いてんなー
「じゃあ…こんなこといいたくないけど…よっちゃんが傷つく顔は見たくないから…言うね」
「何…?」
「由美さんね、彼氏がいると思う。お店終わった後、BMWに乗って帰っていく姿…見かけたから…」
よっちゃんは聞いた瞬間目を丸くして黙りこくった
それから、絞りだした声は擦れて上ずっていた
「あいつそんなこと言ってなかったぞ…」
そりゃあ言わないだろ
送り迎えもしてくれる都合のいい客なんだから
「まあ彼氏かはわかんないけど…その車で帰って行ったのは何回かみたから、それは確かだよ、ごめんね、言いたくなかったけど、よっちゃんがかわいそうになって…毎日お店に来てくれてるのに…」
よっちゃんはどんな感情だかわからないが、俯いて喋らなくなった
私はそんなよっちゃんに、諭すように、優しい声音で語り掛ける
「ひどいね、由美さん…よっちゃんをいいように利用してたのかなぁ…信じられない…
私なら、大切な人にそんな仕打ちは出来ないよ…」
言いながら口元が緩まないように細心の注意を払う
気分は舞台女優
目障りなものは消す
それも立派な才能でしょ?
「私はよっちゃんの味方だし、可哀想だから言っただけで、この話したこと、由美さんには言わないで!これまで通り仲良くしてあげてね!」
私は瞳を潤ませ、懇願した
「…いわねぇよ…つか、由美のやつ、男は俺しかいねぇし、プライベートで遊ぶのも俺だけっつってたのに…」
ぷーっ!
バカな男!やっぱバカな女とお似合いだね、よっちゃん
「もう暫くあいつとは付き合うの無理、なんか信用出来なくなったわ…少し距離置く…」
その日からよっちゃんにメールすれば、必ずお店に来てくれるようになった
勿論私指名で
大体由美さんの売り上げはよっちゃんが殆んどで、たまにBMWくんがふた月に一回くるかこないか
後は場内でナンバーをキープしていた
私に指名替えをされてから由美さんの売り上げはガタ落ちした
待機席で携帯をいじることが明らかに増えていた
指名替えをしてから由美さんと2人きりの更衣室になったことがあったが、以前みたいに話かけられることはなくなった
指名替えに関しても、何も言ってはこない
だから私も勿論喋らなかったし、喋りかけようとは思わなかった
2人の間には溝が出来た
キャバクラで出来た「友達」なんて、所詮そんなもん
薄っぺらな友情だよ
いや上辺だけ取り繕った人間関係なだけだな
売り上げが絡むと余計に
私はそれを身を持って知った
だってみんなナンバーワンになりたいし、売り上げは多い方がいいに決まってるし、優越感に浸りたいはずなんだから
ここは学校じゃないんだ
金をもらう仕事、ビジネス、だ
仲良しごっこで、へらへらして、やる気なく日銭だけ稼いでいるような奴なんか、店にとっちゃ害悪以外の何ものでもないのだし
だったら私は必要とされたいし、お金は欲しいし、人気もほしいから、友達もどきはバッサリ切り捨てるし、悪女にだってなるさ
大きな犠牲を経て手に入れるものは、友情や愛情より正確で、裏切らない、金
今日もよっちゃんに、いつも優しい河原さん、それから美容師先生に、フルーツおじいちゃん…
私は毎晩くるくる席を巡る
ああ、大変
みんな私のヘルプ、よろしく頼むよ!
そんな日を目まぐるしく過ごしていると、いよいよ今日は給料日だった
お金より何より、今一番気になるのはナンバーだった
それが、今日発表される
勿論、当日同伴で入った私はお客さんを適当にあしらいながら、店内の様子を点検した
不動のナンバーワン、ゆきさんは2人組の席に着いて楽しそうに話していた
ヤーさんの席で、2人共ゆきさんを指名しているというミラクルな席だ
2人共に指名される魅力があるということだろう
無意識に下唇を噛んでいた
由美さんは…
店内を隈無く探したが姿がなかった
…まさか同伴…?誰と…?
由美さんのイチャイチャ色営なんて、人数が限られているはずだ
フリーバックでもしたのか?
私はただならぬ不安に胸が痛くなってきた
「麻衣ちゃ~ん!話聞いてる?」
腐った魚の匂いがする息を吹き掛けて、ほろ酔いの客が私の尻を撫でる
止めろよ…
触るなよ…
臭い息を吐きかけるな…!
舌打ちしそうになるのを押さえて、尻に置いた手を優しく除ける
探索の邪魔されたくない…
それでもなお、男は足を触ってきたり、胸を触ろうとしてくる
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