10 悪女

「今度二人きりで遊ぼうよ」


よっちゃんはニヤニヤしながら

「由美に内緒で…」

と付け足した



懐から紙の切れ端を取り出すと、汚い字でさらさらと何かを書いて私に渡した



「これ、俺の電話番号。もう一台の携帯のやつで、由美は二台持ってんの知らないから」



「…いや、ダメですよこんな事…」


面倒に巻き込まれたくない


「…じゃあ俺の事気になったら連絡して」



そう言ったタイミングで由美さんが戻ってきた



「二人でなに話してたの~?」



そう言いながら由美さんはよっちゃんにべったり寄りかかった


「いやあ~?由美がかまってくれないから麻衣に指名替えしようかなあって言ってたとこ」


私の顔を見ながらまたニヤニヤする


「へえ~~いいじゃん?すれば~?」


由美さんは拗ねてしまった


やんわり私はフォローする


「そんなこと言って、由美さんとのノロケ話されて耳たこでした」


なんで嘘つくのー、と由美さんの機嫌は直ぐ直った



面倒を増やすなよ…



ごちそうさまですと言って抜ける時、よっちゃんは手で電話マークをしたが、気付かない振りをして去った


営業終了後、由美さんはロッカールームで化粧直しをして、車の芳香剤の匂いがする香水を振りまいていた



「どこか行くの?」



私が着替えながら聞くと由美さんは太いアイラインを更に太くしながら言った



「よっちゃんに家まで送ってもらうの、送りの車金かかるじゃないすかー!よっちゃんに送ってもらえばタダだし、帰りにコンビニに寄って明日の朝ごはんとかも買ってもらえるし、ちょー使えるんすよ」



嬉々としながら騒がしい携帯の着信を取って、もしー?と言いながら、相手に待っててと怒ったり、時折、わかったわかったと笑いながら電話を終えた


騒がしい女だ



「じゃあお疲れ様ですー」



軽く挨拶をすると、小尻を振るように歩いて更衣室を出ていく




ゆきさんは更衣室でお客さんらしき人と業務的な会話をしていて、今から向かいまーすと言って電話を終えていた


私はアフターの予定も、お客さんが送ってくれる予定もない



最近ロッカールームでの女の子の態度が明らかに冷たい



もともと話し掛けてくれる子は普段通りだが、最初から話してない、若しくは話し掛けてこない子はますます溝が深くなってる気がした


ま、どうでもいいけど



ドレス事件以来、目立った事件はないが、掲示板はまだ荒れている



「お疲れ様です」



ゆきさんとロッカールームにいたもう一人は挨拶を返したが、固まって着替えていた残り二人は空気のように無視をしていた




店から出て歩き出した時、車の窓ガラスをノックする音が聞こえた



路肩に止めてあった小さい軽の窓が開いて由美さんがひょっこり顔を出した



「お疲れ様っす!」



「あ、お疲れ様…」



運転席にはよっちゃんがタバコをふかしていた



「食べます?」



コンビニの袋からチュッパチャップスを取り出して渡された


「ありがとう…」



由美さんもチュッパチャップスをほおばりながらよっちゃんと話している


からから飴の転がる音


「じゃあ~!」


手を振りながら車の窓ガラスがぴしゃりと閉まる



そろそろと車が走り出して暗闇に赤いテールランプがむなしく光った



ぽつりと残された私をなま暖かい風がなぶる



私は孤独だ




お店で心開ける友達なんかいない


仲間もいない



ましてお客さんと心通わそうなんて思わない



上っ面の会話


上辺だけの仲良しごっこ


だから頼れる人も信じられる人もいない


でもこの世界はそれが当たり前でしょ?



昨日まで親しく話していた子が飛んで、連絡もつかなくなる



お店で仲良く喋っていても時間がくれば、お客さんは元の生活に何事もなかったかのように戻る



でもこの世界はこんなもんでしょ?


そうやって割り切らないと自分が傷つくだけだ



あくまでも、お店はビジネスであって、お店の子やお客さんはビジネスパートナーだ


それ以上もそれ以下も、私にはない


だけど時々こうやって寂しくなる



私はなんのためにこの仕事をしているのか


金がいい、ただそれだけのために仕事を続けて、その未来には何があるというのか

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