5 悪女

店長は仕事が片付いたら向かうからと言った



ビールの二杯目をオーダーするくらいに、やっと店長は現れた



「ごめん、待たせたね」


私を面接した時の笑顔はなく、仕事でオールバックにしている髪は少し崩れていた



「…何か飲みますか?」

私はお客さんに言うみたいに自然に店長に聞いた



「ああそうだね…マスター、生一つ!」



ビールが運ばれてくると、店長は軽く乾杯して一気に半分くらいあおった



「仕事のあとの一杯はうまい!つまみ食べる?」


店長はメニューを見ながら、適当に何品か頼んでいた


「…営業についての話ってなんですか?」



私はなかなか切り出さない店長に代わって聞いた


「ああー、うん…」


店長は言葉を濁して、なかなか話出さない



実を言うと私は、店長が何を言いたいか大体察しはついていた



所謂、風紀ってやつだ



風紀とは所謂職場恋愛なんだが、水商売の世界ではそれはご法度とされているらしい。うちの店も罰金があるし、風紀をしたら退店なのだが彼は果敢にもそれに挑もうとしているようだった



アホくさ


「麻衣さんは、俺のことどう思ってる?」



ただのビジネスパートナーだ

だけどそれを言ったらこいつは落胆する



「…店長は?」



「俺は…麻衣さんを初めて見た時から…その…気になってた」



年甲斐もなく、20歳そこそこの小娘に酒の力を借りて本音を言ったこの男が滑稽に見えた


「…それで、麻衣さんは俺のこと好き?」



アッー!



気持ち悪いな!好きなわけがねーだろ!



どこをどう勘違いしたらそんなことがいえるんだよ!アホか!



第一、好き?って聞いてくる男もどうしようもない



それって何?私が好きって言ったら俺も好きって言って、嫌いって言ったらだよねーって流すつもりなのか?



根性ない男だな



「…うーん…まだ…わからないです…でも…」



店長は口を半開きで、私の次の言葉を待っていた


「嫌い、ではないですよ、まだ勤めて2ヶ月ですから…店長のことよくわからないです…」




「そっか…まだわからないよね!」



店長は楽天的に捉えてニヤニヤしながらビールと、つまみで頼んだししゃもを食べていた


嫌いではないってことは好きでもないってことなのに



ここの店長はなんてお気楽なんだ



「帰ります」


生ぬるくなったビールを残して席を立った



「え?帰るの?送っていくよ」



「大丈夫です、また明日お店で」



「…わかった、また明日…」



店長は名残惜しそうに見つめてきた


哀れな男




私はしばらくこのお気楽店長を泳がしておくことにした


曖昧にはぐらかして、今は結論を急ぐ時ではない


だけど、あからさまに嫌いな態度はしない



店長に気に入られることは、現状マイナスにはならないからだ

味方は多い方がいい


私はお酒と香水の匂いを漂わせて帰宅した



ベッドに直行して倒れ込む



明日はお客さんと同伴の約束がある



早めに起きなければ…



気付くと私は深い眠りに落ちていた





翌日、自分で髪を軽くセットしてネイルに出かけた



由美さんに上手いからと勧められて行ったネイルのお店だったが、オーダー通りの綺麗なジェルネイルをしてくれた



調子に乗ってフットネイルまで頼んでしまったが、完成した秋っぽいモダン模様の綺麗なジェルに、高い金額でも納得して払った


次にドレスとカバンを見に行った



もう常連になってしまったドレス屋さんの人が気さくに話しかけてくる


「こんにちは、今日は何にする?」



「今日はまたお客さんと見に来るからその時買うかな?新作出ました?」



「この赤いグラデーションのやつとゴールドとブルーのグラデーションのやつよ」



「綺麗!じゃあまた来たらこの3つ試着します」



「はいーよろしくー!」



私は上機嫌でドレス屋を後にした




次に色々な新品ブランドを扱っている専門店、みたいなところに行った



シャネルやブルガリ、グッチなどのスーパーブランドが置いてある



私は迷わずヴィトンのコーナーを覗いた



お目当てはヴィトンのネヴァーフル


値段は10万くらい


今日のお客さんにおねだりする



これでも月に使うお客さんの金額から考えて、ギリギリ買ってもらえるくらいの限度額と睨んだ



素知らぬ顔で下見を済ませ、スタバで一息着いた



以前はコーヒーごときに何百円も出すなんてバカらしい、缶コーヒーで十分だろと思っていたが最近気にならなくなった



きっとスタバのお金は、雰囲気代と私たちのモチベーションを上げるために違いない


いい環境に包まれて、いい女が育つのだよ、うん

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