2 悪戯

「どうしよう…」

麻衣がぼやいたのを最後に私たちは沈黙してしまった



そして次に口を開いたのも麻衣だった


「少し、様子を見ようか…私学校には休学届け出しておく、愛の職場は…?」


「私はお金もらってる立場だから、ちょっとなら休みはくれると思うけど…さすがにずっとは無理だよね、辞めようかな…」


「だめだよ!せっかく就職したのに…!仕事、私にも出来るかな?」

麻衣が不安げに聞いてきた



「…大丈夫だよ、慣れたら楽」



「…ありがとう!愛みたいには最初できないと思うけど戻れるまで頑張るから!」



「いやなら辞めてもいいよ、やりたい仕事でもないし…」

私は鼻で笑った



「ううん、大丈夫!っていうか私、今ちょっと楽しい…」


「え?なんで?」



「いや…こんなことになってるのに不謹慎だけど…自分じゃない他人にチェンジするって楽しそうじゃない!?」


「っぶ!」

私は吹いて大笑いした


「っはは!まあ確かに!そういわれるとね」


繰り返す毎日や嫌なことがあった時、私はいつも何もかもなかったことにして、リセットしたいと思ってきた


リセットじゃなくても、私のことを誰も知らない土地で生きていきたいとか、よく現実逃避をしていた



その現実逃避が実現したかのようだった


なんとも言えない不思議な状態だ




翌日、たいした怪我もないということで、私たちは無事に退院できた



病室まで麻衣のお母さんが迎えに来てくれて、心配していた



きっと私のお母さんだったら、かすり傷程度で迎えに来てもくれないだろうし、退院したら「急に車道へ飛び出すな!小学生で言われただろ!」なんて嫌みを言われたに違いない


「麻衣ちゃん、お昼ごはんいこうか」


麻衣のお母さんは優しいなあ



「うん…」



麻衣の皮を被った私は、愛だとは気付かれていない


まあ当然か


イタリアンレストランでパスタを食べる


うまい…やっぱファミレスのパスタとは違う!


私はがつがつ食べた



そして食後の紅茶を飲んでるときに、麻衣が言ってた休学のことを麻衣のお母さんに告げた


すると、ちょっと悩んではいたが、やはり交通事故のことを気遣ってくれた麻衣のお母さんは、ゆっくり休みなさいと言っただけで終わった


復学については聞かれなかった



すっかりさめた紅茶を飲みながら、ふと麻衣は大丈夫だろうかと気になって、化粧室に入って電話をした

麻衣はすぐに電話に出た



「はい…」


なんだか声が疲れている

私のお母さんに何か言われたのだろうか?



「あれ大丈夫?お母さんに何か言われた?」



「ううん、大丈夫、今自力で愛ん家まで帰ってきたとこ、愛のお母さんはいないみたいよ」



やっぱりか…

私は申し訳なくなり、うなだれた



「うちはどう?」


「あ麻衣のお母さんに休学のこと伝えたら了承してたよ、ねえ麻衣はさあ、休学したあとどうしたいの?」



「…愛の好きなように生きて」



「…え?」


「考えたんだけど、中身が入れ変わって元に戻れる保証なんて、ないんだよね。だから明日戻れるかもしれないし、一生戻れないかもしれない。だったら今を最善に生きる道を選んだ方がいいと思うんだよ」



「もし元に戻った時、どうするの?」



「その時は、また考えよう、愛は私にどう生きてほしい?昨日は、元に戻った時のことを考えて、私は愛を演じようと思ったんだけど…愛の意見を聞かせて」



どうしたらいいんだ…



元に戻ったことを考えて、私を演じるか


でも戻れる保証はない


だったら、麻衣の生きるように生きるか



麻衣は私の好きなように生きてと言っている…




「…麻衣も好きなように生きて」



「わかった。じゃあ今日からあなたは麻衣、私は愛として生きていく。今までの過去を一切気にしないで、これからは自分たちの人生として生きよう」


覚悟を決めた麻衣、いや愛の声が私の耳に響いた



今日から私は「麻衣」

「愛」で生きてきた過去を捨てて、麻衣という新たな人格として生きていく



それは


私が今まで演じてきた麻衣が、本物になったという意味だ



憎いほど憧れていた「麻衣」が、やっと本当の宿主戻ったかのような錯覚さえ起こさせた



まあ錯覚じゃないんだけどね


今日から私は、本当の麻衣


神様の与えてくれた悪戯は、幸せな予感すら感じさせてくれたんだ

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