5 悪の華

帰宅途中携帯に着信が入った


ディスプレイに名前が表示される

「…麻衣」


一瞬ためらったが、ゆっくりと通話ボタンを押した


「はい…」

「元気ー!?」


間延びした、懐かしい、聞きなれた声が耳元で反響する


「…元気だよ」


「あれ、テンション低くない?寝起き?今電話して大丈夫だった…?掛け直そうか?」


「ううん!全然!大丈夫、ちょっと仕事終わりで疲れてた」


「あ、お疲れ様、こんな遅くまで仕事してるの?体きつくない?」


「体はきついけど、もう馴れたよ、ところで久しぶりだね、どうしたの?」


麻衣とは高校時代ちょくちょく電話をする仲だったが、お互い家も近所なので、用があるときはお互いの家に行っていた

「うん、久々に何してるかなあって」


「まあ、ぼちぼちだよ…麻衣は学校楽しい?」


麻衣は高校卒業後、調理師の資格を取り、今は短大で栄養士の資格を取得中だ


「大変だよー、短大だからさ、詰め込み授業で!でも充実してる!資格取れば、その資格系のなんらかの仕事には就職できるし」


「…そっか、えらいね」


「えらくないよ、当たり前じゃん」


資格とって就職するのは当たり前なのか、資格もなくてキャバクラで働いている奴は異常なのか?


「もう学校でストレスたまるから久々に遊ぼうよ!」

「そうだね、今ちょっと仕事が忙しいから、暇が出来たら連絡するよ」


「あ本当にー?了解!お互い大変だけどさ、一緒に頑張っていこうよ、うちら親友じゃん、つらいことあったら言ってきていいからね、私、愛くらいにしか本音で話せる人いないから…」


「なにいってるの当たり前じゃん、うちら親友だもんね」


「うん、私、愛しか何でも話せる友達いないんだ、ありがとう」


尻窄みで弱々しいセリフを最後に麻衣との電話は終わった

麻衣、それは同情?演技?


そうだと言ってくれないと、今まであなたを恨んだり嫉妬をしていた私が滑稽に移る

どうか私の中では悪者でいて


それとも

あなたも私と同じ

寂しい人間なの?





ミスティックと工場勤務の二重生活を始めて数週間、やっとキャバクラのキャスト達1人1人の名前と顔の区別がつくようになった

最初に会った白いビーズドレスのあの女

彼女はゆきというらしい

毎日毎日日替わりでくる指名客相手に、笑ったり真剣な顔をしたりして会話している


よくも飽きずにみんな来るもんだ

私は感心しながら様子を眺めていた


彼女の席ではシャンパンや食べ物が運ばれていく


誕生日じゃなく、それが日常のひとこまなのだ


シャンパンで仰け反る白い、透き通る首

嫉妬と羨望の汚い感情がみるみる湧いた

だけど、なかなか見返すことが出来ないでいた


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