12話「ハッピーチャイルド」






   12話「ハッピーチャイルド」





   ☆☆☆



 日葵の事を人に話したいと思ったことなどなかった。自分が大切にしていればいい、そう思っていた。

 けれど、花屋敷の噂話を聞いた時に、もしかしたら……そう希望が見えた気がしたのだ。



 菊那がそこまで話し終わると、小さく息を吐いた。ずっと強く手を握りしめていたのだろうか。両手がジンジンと痺れていた。


 

 「菊那さん、大丈夫ですか?」

 「あ、はい………すみません。当時の事を思い出しながら話していたら、ぼーっとしてしまって。上手く話せていたでしょうか?」

 「えぇ。教えてくださり、ありがとうございます。……大変な思いをされていたのが伝わってきました」

 「………すみません。こんな話をしてしまって」

 「私から聞いたのですから。菊那さんに辛い事を思い出させてしまって、申し訳ないです。………日葵さんは素敵な方ですね………」




 そう言うと、樹は何か考え込んでいるのか一点を見つめていた。

 菊那は不思議そうにしながらも彼の反応を待っていると、「すみません。考え事をしてしまいました」とやっと返事を返した樹を、呆然としていても絵になるな……と思って見つめてい菊那はハッとして首を横に振った。



 「菊那さん……あなたはこの花屋敷の来て何をしたかったのですか?花屋敷の噂をきいて来たのでしょうが……まさか、亡くなった人と会いたいとでも………?」

 「い、いえ……!樹さんが魔法使いとか時空を操れるのか……そういうのは噂に過ぎないと思っているので………」



 確かに気持ちが沈んでいる時は、魔法使いがいれば彼に会わせてくれるのだろうか?と、考える事もあったかもしれない。けれど、それも内心では「ありえない」とわかっている。だが、菊那が樹の屋敷を訪れたのには理由があった。



 「私を魔法使いだとは思っていないのですね」

 「映画に出てくるミステリアスな魔法使いにはピッタリだと思いますけど」

 「それは安心しました。噂が誤解だとわかっていただけたようで」



 そう言って樹は微笑んだ彼を見ていると、この四季の花が咲く庭は、魔法ではないかと思ってしまうほど謎だらけだと、菊那はこの時に言えるはずがなかった。





 「樹さんに見てもらいたいものがあるんです」



 菊那はそう言うと、自分のバックから小さなポーチを取り出し、その中からハンカチで包んだ小さな小瓶を手に取った。

 そして、その瓶の中に入っていたものをハンカチの上に取り出して樹の方へと差し出した。



 「これは………向日葵の種ですね」

 


 菊那が大切に持ち歩いているもの。それは向日葵の種、1つだった。

 菊那は目を細めてそれを見つめる。

 たった1つになってしまった向日葵の種。自分の不甲斐なさで胸が締め付けられる。


 「日葵から届いた手紙の中には絵の他にこの向日葵の種が届きました。何個か入っていたので、彼を忘れないためにも実家の庭にまいたり、一人暮らしを初めてからもプランターに植えたりしていました。ですが……1回も向日葵の花が咲かないんです。……それどころか芽が出なくて。毎年1つずつチャレンジしてみて、しっかり調べて土や植える時期も変えてみました。けれど、それで芽は出てくれませんでした」



 菊那は今まで一人で試してきた事を思い出して、我慢できずに涙が溢れてきた。

 毎日芽が出ているかとプランターを見ては泣きそうになる時間。夏が終わると「あぁ、今年も種を1つダメにしてしまった」と、情けない気持ちになるのだ。そして、日葵に申し訳ない気持ちになる。



 「そして、今年が最後の種になってしまいました。これの種が花を咲かせなければ、彼がくれた向日葵を咲かせなれなくなってしまうんです。日葵くんの向日葵がなくなってしまう………それがとても怖くて……でも種だけ持っていても日葵くんは喜んでくれない、きっと花を咲かせて欲しい。そう願っているのではないかと思うと……。でもこの種を植えて花が咲かなかったら、彼の種さえも失ってしまう。それがとても怖いんです」



 菊那が目をこすって涙を拭こうとすると、樹が、ハンカチを取り出し菊那の目にそれを当ててくれる。彼のハンカチからウッド系の香りが感じられ、それだけで菊那は少しホッとしてしまうから不思議だ。樹らしい香りだからかもしれない。



 「落ち着いてからでいいです。……菊那さんがして欲しい事とは何か。私に教えていただけませんか?」

 「……大丈夫です。お話させてください」



 菊那はフーッと息を小さく吐き、ぎこちない笑みを浮かべて樹を見た。きっと泣いて顔はぐちゃぐちゃになってしまっている事だろう。けれど、暗い話をしてしまい、彼の目の前で泣いてしまったのだ。これ以上心配をかけたくない。その思いで微笑んだが、それを見た樹は何故か悲しそうな顔をした。



 「………無理して笑う必要はありません。泣きたいときは泣いて、辛かったといってください。私はその方が嬉しいです」

 「………ありがとう、ございます」



 菊那はドキッと胸が強く鳴った。彼の笑みがとても綺麗だったのもだが、樹の言葉が嬉しかったのだ。彼の前で弱い姿を見せてもいい。その方がいいと言ってくれたのだ。

 どうして、そんな事を言ってくれるのですか?と、問いかけたかったけれど、今はその話しよりも彼に伝えなければいけない事がある。

 菊那は、高まる鼓動を抑えつつ、口を開いた。



 「四季の花が咲くという事は、花を育てるのが上手な方なのだと思いました。もちろん、特別な力があるのだとも……。だから、そんな人の力を借りたかったのです。樹さん、この向日葵の種を咲かせてくれませんか?」



 まっすぐ彼の方を向き、菊那ははっきりとした口調でそう樹に伝えた。

 すると、樹は「なるほど」と、小さく頷き、菊那の手に乗った小さな白と黒のラインが入った種を見た。



 「10年以上経っている種は発芽は難しいとされています。………失敗する可能性もあります。………それでも私に預けていただけますか?」

 「…………はい。お願い出来ますか?」

 「私はかまいません」

 「………花屋敷の教授さんでも咲かなかったら、私で咲くはずがない。という、諦めもつくかなって……こんなズルい考えがあったりします。こんな考え方失礼ですよね」

 「菊那さんは正直ですね。言わなければわからない話です……それなのに自分の思いを話してくれるのは、優しい証拠です。それに、男は単純なので、頼ってもらえるの嬉しいのですからお気になさらないでください」



 そう言うと、樹は菊那の手からハンカチごと向日葵の種を受け取った。



 「樹さん、自分の都合でこの屋敷を訪れ、目的を隠して近づいた事、本当にすみませんでした。ですが………向日葵の花、咲かせて欲しいんです。どうぞ、よろしくお願い致しますっ!」



 菊那は立ち上がり、樹に向かって頭を下げた。

 自分勝手なお願いだとわかっている。けれど、もう頼るところがないのだ。最後の種は無駄になんてしたくない。花が咲かなければ諦める、と言ったけれどそんな簡単には諦められないのが本音だった。

 樹は頼みの綱なのだ。

 


 ポンポンと優しく頭に触れるものがあった。ゆっくりと頭を上げると、樹が近づいて菊那の頭を撫でてくれたのだとわかった。



 「気になることがありますので………やらせていただきますね」

 「あ、ありがとうございますっ!!」



 菊那はまた目に涙を浮かべて樹に何度もお礼の言葉を伝えた。

 

 この花屋敷にも咲いている向日葵の花。

 樹が手にしている種をきっと咲いてくれる。そう菊那は信じていた。



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