11話「レッドインテューション」






   11話「レッドインテューション」





 菊那を助けた日葵へのいじめはゆっくりと始まった。始めは「可愛いのが好きなのか」という、いじりの言葉だったが少しずつ無視が始まり、とうとうクラスメイト全員から無視されるようになってしまったのだ。その変わりに菊那へのいじめは少なくなっていた。佳菜からも「あの時はごめんね」と言われ、声を掛けられる事もあり仲が戻りつつあった。けれど、1度傷つけられた思いは残ってしまい、モヤモヤとした気持ちだけが菊那の心に居座り続けていた。きっと、元通りの関係にはなれない。そんな予感がしていた。



 それに菊那が1番心配なのは、日葵の事だった。彼は無視をされても、やれやれと言った様子で気にする様子もなく休み時間は絵を描き、用事があればいつもと変わらず友達に声を掛け、返事がなければ「伝えたからな」と、自分の用件だけをしったり伝えてさっさと帰ってしまうのだ。そんなサバサバとした彼が気にくわないのか、いじめの中心メンバーは物を汚されたりもしていた。だが汚されても綺麗にして使ったりと、泣いたり怒ったりはせずに、淡々と生活をしていた。

 けれど、菊那は心配だった。大丈夫そうに見えても、心は悲鳴を上げているはずだとわかっていた。同じようにいじめをされていたのだから。菊那より状況が酷いのだから尚更だ。



 菊那はその日、登校してすぐに彼を探した。下駄箱に彼の靴があったので来ているようだが、クラスに彼の姿はなかった。またどこかで絵を描いているのかもしれない。菊那は校内を探すつもりでいたが、1つ考え付く場所があった。そこにいるかもしれない。菊那は急いでその場所へと向かった。

 夏のむし暑さの中でも、よそよそとした、風がとても心地の良い場所。それが裏庭だった。プールぐらいしかないその場所は普段は人気がない。木々や草が生い茂っている場所のちかくに小さな花壇があった。そこに大きな向日葵が咲いていた。その前に制服が汚れるのも気にせずに座り込んでいる生徒が居た。

 茶色の短髪の髪の彼だ。菊那はすぐに日葵だとわかり、彼に駆け寄った。



 「日葵くんっ!」

 「ん………あ、菊那………!」



 菊那が近づくと、驚いた表情を見せ、周りをキョロキョロと見渡した。



 「俺と話してるのがバレるとおまえまでまた何かやられるぞ。学校で話しかけない方がいい」

 「………大丈夫だよ。私は、そこまで気にしてない」

 「何言ってんだよ。少し前にポーチ渡したときは死んだ顔してただろ」

 


 そう言って苦笑しながら菊那を見る日葵は少し疲れているようだった。



 「………私のせいで、ごめんね。日葵くん………いつか伝えようと思ってて……」

 「おまえのせいじゃないだろ?菊那は何も悪くない。それに俺は元から一人で絵を描いてる方が好きだからそこまで気にしてない」

 「……でも………」

 「それにあんな風にいじめに加担するやつらとは友達になりたいとも思わないから。だから、菊那だけでいい。こうやって普通に話せるのが嬉しいし」

 「…………日葵くん………」



 日葵の言葉は、菊那の心をぐらりと動かした。自分もこうやって強くありたい、そう強く思った。同じ事を思っていても口に出したり他の人に伝える事が出来なかった菊那にとって、日葵の態度はとてもかっこいいもので、憧れる存在となった。


 菊那は呆然と日葵を見ていると、ハッとして恥ずかしそうに頭をかきながら日葵は「俺を探してれたんでしょ?何か用事でもあった?」と聞いてくれた。



 「あの……これ約束していたポーチなんだけど。遅くなってごめんね」

 「え……ありがとう!実は楽しみにしてたんだよね……って、これもしかして作り直したの?刺繍が全部違ってる……」



 菊那が渡したポーチには佳菜のものとは違う刺繍がされていた。向日葵の花と、ヒナタの文字が施されていたのだ。



 「うん……新しいのが作りたくて。日葵って向日葵からきたのかなーってずっと思ってたし。それに、最近はここで絵を描いてるみたいだから」



 菊那は日葵が向日葵の前で座り込んで絵を描くのに夢中になっているのを、何度か見かけていた。

 ひまわりが好きなのか、それとも名前だからなのかはわからない。けれど、彼の茶色の髪も日に焼けた肌の色も、そして満面の笑みも、彼自身が向日葵に似ているなと思っていた。だから、ポーチに描くものをすぐに向日葵に決まった。


 日葵はもっていた鉛筆を置いて、菊那のポーチを受け取り、そっと向日葵のポーチに触れた。



 「俺、向日葵好きなんだ。母さんがつけた俺の名前も向日葵からとったものだから好きってのもあるけど、なんか見てると元気でるから。………だから、これすごく嬉しいよ」

 「………よ、よかった。喜んでもらえて」

 「やっぱり可愛いよなー。なんで、この刺繍の可愛さがわかんないか。俺には不思議だよ」

 


 そう言って目の前でニッコリ笑う日葵の笑顔が眩しくて、菊那は顔が少し赤くなってしまった。それを隠すように顔を背けると、日葵がクスクスと笑った。



 「本当にありがとう。大切に使うよ」

 「うん。こちらこそ、本当にありがとう………あ、あの……」

 「あ、もう少しでチャイム鳴るな。一緒にクラスに返ったら何か言われるから先に戻ってる。めんどくさいけどな………じゃあ、またな」



 そう言って、日葵はスケッチブックなどを片付けると駆け出してしまった。

 菊那は「また普通に話そう」と伝えたかった。いじめている人など、気にしなくていいから、と。けれど、それを伝える事が出来なかった。



 「…………次は、クラスで話しかければいいか」



 菊那は裏庭でひっそりと、けれど堂々と太陽のように咲いている向日葵を見つめながらそう呟いた。








 けれど、菊那はその日から日葵に会うことが出来なくなった。

 日葵が学校に来なくなったからだ。



 心配になった菊那は、担任の先生に住所を聞き、日葵の家を何度も訪れたがいつも留守になっていた。日葵との連絡がつかず、菊那が心配していたある日。学校から帰宅すると菊那宛に手紙が届いていたのだ。日葵からの物だ。


 『仲良くしてくれてありがとう。いつまでもお元気で。ポーチは宝物だよ』と、書かれた手紙と彼が書いた向日葵の絵が同封されていた。


 菊那はその手紙を見た瞬間に家を飛び出した。何か嫌な予感がしたのだ。

 残暑が厳しい夏の夕暮れ時。菊那は必死になって走り、日葵の家へと向かった。彼の家に着く頃には滝のような汗が流れていた。

 けれど、そんな事はどうでもよかった。



 日葵の家には喪服姿の人が出入りしており、家の前には葬式の案内の看板が立てられていた。「河合家」と書かれたその場所は河合日葵の家に間違えなかった。


 菊那はヘナヘナとその場に座り込んでしまいそうなほどショックを受けたが、何とか振り返り歩いてきた道をゆっくりと戻った。


 日葵はやはり気に病んでいたのだろうか。笑顔を見て安心してしまった。彼の発言を強がりではなく本当の気持ちだと思ってしまった。

 自分より彼は傷ついていたのに気づけなかった。守れなかった。


 どうして………?

 何で目の前からいなくなってしまった?


 菊那は涙が出る事はなかった。

 本当に悲しいときは泣けないのだろうか。こんなに苦しくて辛いのに涙は出てくれない。


 向日葵のような笑顔の彼は、菊那の前から突然居なくなってしまったのだった。




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