第12話 闇の敵は誰なんだ

 暗くなってから富谷に戻り、勝次からこっぴどく叱られた二人は、飯抜きを命じられた。泳ぎ疲れて腹ペコの二人は、裏の筧で水を飲み、酒だ酒だと気勢を上げたが、腹の足しには全くならない。

 末吉は、ひもじかった生まれ故郷を思い出し、波丸は、裏山の騒めく葉陰に地獄の邏卒の視線を発見し、睨みつけた。

 腹っぺらしの二人に、怪しげな影が秘かに寄った。思わず、身構えた波丸に目を向けたまま「末吉さん」と呼びかけた。胸にかかえたざるを末吉に差し出したのは、小枝だった。その目は、波丸を捉えて離さない。

 良い匂いがする物を残して、小枝は消えた。腹っぺらしの二人は、歓声を殺して身体をぶっつけあった。


 暮れて、なお活気が増すのが、気和飛坂けわいざか(化粧坂)の習いである。

 暗がりの中、わおんわおんと息づく界隈。

 富谷の裏道をうろんな気配の人影が登って行く。闇夜とも思えない確かな足取りだ。

 歩みを止めた影は、ぼそぼそと言語をこぼしたが、聞こえない。盗み聴くのは影の後をつけた小枝だ。内緒の食べ物を盗んで、裏に届けている間に、今夜の仕事を失った。久々の僥倖といえる。波丸の影を求めて裏に戻ると、影が坂道を上り出した。胸の動悸を抑えて、そっと後を付けた。

 ぼそぼそ聞こえるのは、立ち止まった影に近づきすぎた為だが、夜目の利かない小枝は気づかず、足を運んだ。

 俄かに、前方の闇が乱れた。

「小枝どの、伏せろ」と声が届いた時は、すでに遅く、左肩の鋭い痛みに小枝は、うずくまった。

 乱れた闇の中から、殺気が満ちて散らばった。稲妻が走り、弾け、蠢いた。

 夜に蠢く獣のような聞きなれぬ音が降ってくると、痛みを耐えかねた小枝の視界が消えた。


 波丸は、暗闇に飛んだ。手を足を坂道の壁に飛ばし、枝を掴み、襲い来る刃物から逃れた。敵は二人だが、襲ってくるのは一人だ。敵の意思が統一されていない証しか。

 止めろだの、殺ってしまおうだの喚いている。

 日本語ではないが、聞きなれた言語が叫ばれ、易々と理解出来た。誰なんだ? こいつらと思いながらも、おれを知ってる昔の仲間と理解している。攻撃に甘さがあり、殺気が含まれていない。武器を持たない波丸は、相手を傷つける心配はないが、早く戦いを終わりにしたい。

 小枝が心配でならないのだ。なぜ、小枝が現れたのか分からないが、無防備に姿をさらした小枝に、敵が投げた飛び道具が当たったのかどうか、確認出来ていない。もしや、死んでしまったのではないか。おれを助けてくれた日本の女。幸薄い女子だと分かる儚い微笑みの中に精一杯の好意を示してくれる。

 何度目かのぶつかり合いの勢いに乗った身体が、くるりとトンボを切った。着地した足を坂下に向けて走らせた。諦めたのか敵は、追って来なかった。

 ほっとする一方、やつらと話がしたいとも思った。

 闇から現れた二人に付いて行ったのは、己のあれやこれを知っていそうな男たちだったからだ。

 このまま、ここで気安く生きて行くことは、所詮できぬ相談なのだ。どうやら、己は、日本人ではないようだ。

 いや、半分、日本人かもしれない。

 いや、いや、日本人の血はもっと少ないかもしれない。

 そうだ、おれの目は濃いめの緑色なのだと思い出した。

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