第11話 波乗り野郎は何処へ行く

 波丸は小銭を手にすると、米町あたりの店でちまきや饅頭などを買い、末吉や台所で働く年端のいかないハナや留吉に与え自分も嬉しそうに食べている。

 饅頭を手に店から出たとたんに、道端で暮らす子に突き当たったりすると、ひょいと饅頭を渡したりする。饅頭を与えられた子は、びっくり目を見張り、礼など知らぬげに逃げて行く。手にした食べ物を返してくれといわれないうちにだ。

 そんな波丸を垣間見るにつけ、末吉の意識も変わってきている。弱い者に対する気持ちと態度だ。自分のことが第一の生活から、一歩踏み出し人を思いやる心が育ってきていた。

 去年、北条時頼が儚くなったが、時頼から執権職を引き継いでいた第六代北条長時が後を追うように亡くなった。まだ、三十五歳の若さであった。直ぐに、六十歳の北条政村が第七代執権となった。北条泰時の弟にあたる。そして、わずか十四歳で時宗は連署となった。連署とは、執権を補佐し、公文書に連判する幕府のナンバーツウだ。

 この頃、フビライはモンゴル帝国の皇帝の座を手に入れていた。モンゴル帝国の官吏に趙彝ちょういという高麗人がいた。趙彝は、いった。日本と通交すべきでしょうと。フビライが日本に使節を派遣する契機となった一言だった。フビライの頭の中に、極東の小さな列島が生まれた。蒙古襲来の予兆であった。


 幕府のてんやわんやなど、知る由もなく、鎌倉湾に昇る母なる陽光に見守られ波丸と末吉は、よく働き、よく遊んでいた。

 長谷や甘縄に仕事がある時は、水練が出来ないという末吉に、泳ぎを教えるため海浜に出てひと泳ぎする。波丸は、何処で習ったのか水練上手で教え方も上手かった。末吉の足が着くあたりでパチャパチャやるのだ。

 その日、晴天の割に寄せる波が荒く高く、末吉を飲み込んだ。

「あっ、あっ」「あああ、死ぬ、死ぬ」

 海水を飲み込んで、大騒ぎだ。

 流れて来た板を見つけた波丸は、末吉をその板につかまらせた。

「おーう、こりゃいいや。おれの命綱じゃなく、命板だ」

 ひと息ついた末吉は、板を抱えて上体を乗せた。由比の浦の寄せては返す波に、ゆらゆら乗ってのんびりだ。

「末吉、その板の上に立ってみろ」

 立ち泳ぎの波丸は、板の端を押して、ゆっくりと沖に出て行く。

「立つぅ? そりゃ無理だぜ。波丸」

 辺りを見回していた波丸は、末吉を置き去りにして泳ぎ出した。その先に、大きめの板。

 波丸は、ひょいとその上に立って見せた。

 末吉は、目をむいた。

「ナミ、ナミ、ナミマルゥ」

 手をふった波丸は、折から寄せてきた高波に乗り晴れ渡った青空の彼方に消えた。

 あわてた末吉も消えた波丸を追って板の上に立った。もちろん落ちる。しかし、海水を飲んでも騒がずスイと手を伸ばし身体を浮かせて板を捕まえ、それに乗り上がる動きを繰り返した。

 無心の二人は、日が暮れるまで遊び続けた。

 波丸は、夢中で飛んだ。荒波を踏んづけてそらへ向かって、絶え間なく飛び続ければ、地獄極楽自由自在だ。

 誰もいない空間は、覚えのない気ままを波丸に教えた。

 三つの見つめる目があった。稲瀬川の河口辺り、風除けの松林の中からだった。

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